暗闇台所対害虫奮闘記
そこは、平和な住宅であった。裕福ではなかったが父母子二人の四人で支えあって
ささやかな幸せを噛みしめながら生活していた。
だが、彼らの平穏にも、最低最悪にして醜き黒の魔物が忍び寄っていたのだ。
奴らの名前は、古来より”あくたむし”や”つのむし”、御器を噛るモノとして忌み嫌われてきた
最古の、そして強大な力を持つ蟲として変遷してきた。
現代でもほぼ万人に生理的嫌悪感を催させる「ゴキブリ」として世界に蔓延っている。
黒き悪魔は、彼らの平和を喰い破りブチ壊し滅ぼして現れた。
悪夢の始まりは一ヶ月前。食事中に姿を現した一匹が全てを終わらせ、そして始まらせたのだ。
やつらは「一匹見かけたら百匹いる」という格言を持つが、まさしくそうであった。
その一匹はただの前奏でしかなかったのだ。
そして今。若き、いや幼き戦士は、暗闇の中に立っていた。彼は十二年間生きてきた中で
最も重要かつ最も苦しい戦いを始めようとしていた。
右手に新聞紙、左手に殺虫剤という勇ましい出で立ちである。
夜の静けさ。草木も眠る丑三つ時、幼き彼は眠気と恐怖を吹き飛ばして台所に入った。
戦場を照らすのは、ゆるやかで冷たい月光のみ。窓から降るそれを一瞥し、後ろ手に扉を閉める。
これでここは密室。散布したガスがすぐに薄まることもあるまい。
力をある程度抜き、緊張を少し緩める。入室直後の急襲はなかった。
だが、油断してはいけない。奴らはどこにでもいるし、いつでも現れる。気は抜けない。
彼は作戦を省みる。
速さ、耐久度、感知能力、反射速度、急停止能力、反転速度、そして滑空能力が最上級の奴らを倒すには、
こちらの有利な点を最大限に活かすしかない。それは、大きさだ。
広範囲の間合い、大質量、超高度。
どんなに速くても反応が刹那であっても関係なく破城槌を振り落として外骨格を構成するキチン質を粉砕し、
内臓をブチ壊し、神経を引き千切ってゴキブリを滅ぼす。
一ヶ月間、我々が手をこまねいてみていただけとは思うなよクソ節足動物!
物音が―――――
台所の片隅に、夜の闇よりも暗く、人間よりも年経て、何者よりも邪悪で穢れしモノが、
その三対の肢を蠢かせ、長い細い触角を這わせて現れていた。
少年の身体に緊張が走る。
深夜の死闘が、音もなく始まった――――――………
続く
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