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後編です。
先手必勝とばかりに少年が左腕を突き出す。力が入り、殺虫剤の発射口から白霧が迸る!
噴出されたガスを、空気の動きから感知してゴキブリが反射的に前進、流しの下を走り高速で近づいてくる。
近距離は、直接的な破壊攻撃―――振り上げられた新聞紙が颶風をまとって黒き悪魔に襲いかかる。
接近感知、足の付け根の神経系が判断を下し、停止。即座に後退を開始、必殺の一撃を回避。
次の瞬間、寸前までゴキブリがいた場所に新聞紙が叩きつけられ、轟音と暴風を撒き散らす。
衝撃波に触覚がはためく。
噴射音。間髪入れずに放射された殺虫ガスがゴキブリを直撃!
しかし、少年の望んだ敵の即死は得られない。悶えるゴキブリは必死に劇薬霧から逃れようとし、つまるところ少年へと走り寄った。
声にならない絶叫。小型の悪魔を遠ざけようと殺虫スプレーを向けるが、逆効果。
おぼつかない足取りで横移動した若き戦士は小さな、蟲からすれば巨大な体躯を折り曲げて、上空からの攻撃を繰り出すッ!
連なる対地砲撃! 激しい攻撃に思考の混乱しているゴキブリは成す術もなく叩き伏せられる!
キチン質の外骨格がひしゃげ、内臓を圧迫する。
シナプスを刺激して脳内を駆け巡る激痛を無視して生き抜くために頭を強制再起動。
ノイズの混じる情報を排除して確定性のあるデータから脱出方法を探る。
光、熱、大気振動に気圧、風圧、痛覚、現在位置、質量、重力……。
本能とも反射とも取れるような思考がフル回転し、全身の痛みを無視して動き出す。
何度目かの超衝撃がゴキブリに襲いかかる!
その瞬間全身を駆動、六本の足を精一杯に使って床を掻き、我が身を滅ぼす巨斧から逃れようとする。
少年もそれに気付いて再び振り下ろしていた新聞紙の落下位置を修正、ゴキブリに止めを刺そうとする。
標的はそれを読んでか方向転換、小賢しくも破滅を逃れる。
が、その方向転換の一瞬に少年の左腕はゴキブリに向けられていて―――……、
発射! 猛毒のガスが逃亡を図る蟲を包囲し、苦しめる。足掻くゴキブリの触覚が大質量の接近を感知。
逃亡――不可。
回避――不可。
生存――不可。
一撃がゴキブリの黒い躯を打ち砕いて破壊、意識と体躯を滅ぼす。
荒げた息を整えるように深呼吸した少年は、自らが刈り取った命が入っていたそれを見つけた。
それは壊れていた。それは死んでいた。それは殺されていた。それは滅ぼされていた。
幼い少年の胸が激痛を訴える。それは気色の悪さとともに腹腔を焼き、涙腺を緩ませた。
彼は一つの命を永遠に亡くすという行為を、確かに自分が行ったのだということに気がつき、愕然とした。
それはまさに生命の略奪。存在の否定。運命の切断。
暗雲のような罪悪感が彼の胸によどんでたちこめる。後悔が頭の中を駆け巡る。
少年は立ち尽くしていた。毒ガスと打撃によって死に絶えたゴキブリが床に伏せていて、虚ろな複眼を宙に向けていた。
月光は雲に隠れて消えた。
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