「死ねおらァッ!」
アインスが楽しそうに絶叫しながら<人形>を蹴散らしていく!
内臓をこぼしながら彼女にまとわりつこうとする<人形>に幾多の雷撃が襲いかかり、全身を黒焦げにしながら吹き飛ばすッ!
十の指からいかづちを放ったツヴァイへと走りよった黒髪の青年がくりだした棍がワイヤーに防がれる。
「……兄さん」
「オレサマが相手だ! なんつって」
にやっと笑うのはプロトタイプ。無言の青年へと拳を叩き込むが、激突したのは鮮やかに翻された棍。
ワイヤーと棍を振り回しながら二人の青年が<人形>の群勢から離れていく。
「もっと楽しませろォッ! あはははははははははははッ!」
肉と内臓を飛び散らせ、アインスが踊る踊る。
重力をクロプツフェル力学でねじ伏せて、<人形>から<人形>へと飛び移って暴れまわる。
そのアインスの背中へと忽然と黒尽くめの少年が出現し、牙を剥く!
気付いたアインスが空中で回転し、――少年は消えていた。
<人形>の群勢を越えた向こうでは、ぼろぼろのコートを着てニット帽をかぶった男と、すっぽりとローブをかぶった仮面の巨人が立っている。
反対側で優雅に椅子に座って戦況を眺めているのは白人の青年。
「クロプツフェル戦争の始まりだ」
そういって青年はけらけら笑った。


始まりは唐突だったが、必然だった。
司令部にもたらされた報告は当初、彼らの理解を超えていた。
「大量の死体が国境を越えて侵入してきました!」
報告を理解できはしなかったが、軍は即座に動いた。しかし、正体不明の死体どもを重火器などで殲滅しようとするも、なぜか地平を埋め尽くす死体はいかなる攻撃も受け付けないのである。
そのころ司令部に招聘されたクロプツフェルの一番弟子は、この群勢をクロプツフェル力学によって支配された死体どもだと見破る。
全戦力投入に渋る司令部を一番弟子は喝破し、クロプツフェル力学単体兵器の三人は戦場へと向かうことになった。
一番弟子もそれに同行した。
凍てつく広野でそれぞれは対峙する。
ニット帽をかぶった男がしわがれた声で告げた。
「来たなぁクロプツフェル! 俺はお前を殺すためにここまで来た!」
一番弟子その人をクロプツフェルと呼ぶその男を無視して、一番弟子は三人に殲滅を命じる。
「さすがだなぁ! お前は人生をかけて仕えた俺をゴミのように捨てたんだからなぁ! ――<人形の王>! あいつを殺せぇっ!」
「無碍路張り泥リア」
叫ぶ男のとなりに佇む、三メートルはあろうかという布に覆われた仮面が理解不能な声でどうやら承諾した。
いっせいに死体が動き出す。
「お前らもいけ、<破砕の王>、<禽獣の王>」
ニット帽をはさんで隣、仮面の巨人とは反対側で茫洋と空を見ていた黒髪の青年がその一言で卒然走り出す。
後方でにやにやしていた黒尽くめの少年も歩き出した。
「あはははははははッ!」
愉快そうなアインスを筆頭に単体兵器三人も行動を開始した。
こうして冒頭へと戻るのである。

<人形の王>が操っているらしき死体――<人形>の群れのなかで一騎当千の奮戦をみせるアインス。
振りぬかれた足刀が、伸ばされた腕が、<人形>を吹き飛ばし、破壊していくっ!
<人形>は総じて半分ほど腐った死体である。
首が転げ落ちてるものも多い。
手を伸ばし、アインスの肢体をとらえようとするその動きよりも早く速くピックナイフが駆け抜け、腐肉をばらばらにしていく。
ニュートン力学における作用反作用の法則をクロプツフェル力学で『支配』して、薄紙のように<人形>の首を刎ね飛ばす。
<人形>はどういう訳か<人形の王>のクロプツフェル力学によって『支配』されており、それによってクロプツフェル力学で支配権を奪い取らないと攻撃が効かない。
これが、一般の軍隊では太刀打ちできない原因だった。
わからないのは<人形の王>がどうやってただの死体を<人形>として操っているか、ということである。
クロプツフェル力学の理屈でいえば、クロプツフェル力学を使用するもの同士が、同じものを異なるふうに観測すれば――死体を、死体と見たり<人形>と見たりと、ばらばらであれば――矛盾を起こして実際にはそれぞれの観測の平均点が結果となるはずなのである。
それなのに<人形の王>は、まるでニュートン力学に『支配』された人々にクロプツフェル力学による観測結果を押し付けるように、クロプツフェル力学単体兵器の三人にまで<人形>を押し付けてくるのである。
「難しいこたァわかんねェけどさッ、とにかく殺して殺して殺す!」
アインスは獰猛な笑みを浮かべた。

遠距離攻撃が主力のツヴァイは電子隔壁で<人形>の手から逃れながら、遠方にぐらぐらと揺れながら立っている不気味な仮面、<人形の王>へと雷撃を放とうと狙い続けていた。
ツヴァイの機動力はゼロに漸近しているので、それを自覚している本人もあえて動こうとはしない。
ただ16進数電子操作演算機が組み込まれたエレ=サイトゴーグルと、銃口と引き金を兼ねたガントレットを淡々とランさせる。
ばーん。
と口の中で呟きながらツヴァイが両手を握りこむ――引き金を引く。
閃光!
十の雷撃が彼女を囲んでいた<人形>を灼き尽くす!
彼女の後ろで椅子に座っている一番弟子へと近づこうとした<人形>が足元から噴き出した高圧電流によって炭と化した。
大地は膨大な電子をプールしているから、地雷のように座標をセットしておけばあとは勝手に電子が噴出する。
ツヴァイの現在の役目は一番弟子の護衛、プロトタイプとアインスの援護、そして<人形の王>の暗殺である。
黒いドレスのすそが翻り、彼女は無表情のまま気を引き締めた。

振るわれた棍を蹴ってプロトタイプが高く飛び上がり、ワイヤーを奔らせる!
円を描くようにワイヤーから逃げ、着地体勢に入るプロトタイプへと棍を突き出す<破砕の王>。
クロプツフェル力学によって操られた"ヨルムンガンド"が棍へと巻きつき、それを引っ張って棍の軌道をずらして回避。
着地、はじかれるように離脱・後退――すばやく棍を持ち替えた<破砕の王>が同時に着地点を薙ぎ払う。
「あぶねェあぶねェ! 棒術の達人かよ、オレサマも運が悪い」
軽口を叩くプロトタイプへと肉薄した<破砕の王>が掌底を繰り出す、両手の間に張ったワイヤーでそれを受け止め、わざと弾き飛ばされるプロトタイプ。
掌底に連動して振り抜かれた棍は当然、空振りする。
しかしその勢いを殺すことなく<破砕の王>はたくみな棍捌きでプロトタイプへと迫る!
冷静に棒の軌道を観察したプロトタイプが両手のガントレットで棍を防ぎ、<破砕の王>に回し蹴りを叩き込む!
同時に<破砕の王>の貫手がプロトタイプの肩を打っていた。
「あぁキッツイなこれ……痛くは無いけどな」
苦笑いしながらそう嘯くプロトタイプ。どうやら骨に損傷があるようだ。
クロプツフェル力学はニュートン力学の頸木から運動能力を解き放って向上させるが、それだけで、逆に言えば怪我もするし痛いし死ぬ。

「ふむ。あいつもなかなかやるじゃないか」
椅子に座った一番弟子はけらけらと笑った。
楽しそうな表情に反して、その瞳は冷徹に戦況を見つめている。
「なるほど。だいたい理解した。負けることはあるまい。私が出る必要もまた、然り」
一人で楽しそうに笑いながら、彼は頷いた。

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