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『攻撃ルーチン呼び出し:雷貫』
エレ=サイトゴーグルの仮想視界の端に雷撃を放ったことを示すウィンドウが十枚、重なって表示されました。
強制的に収斂させられていた電子がクロプツフェル力学の支配を逃れ、三々五々もとの結合に戻っていきます。同時に仮想代替電子が消滅。
量子化された通常視界に映るのは黒焦げになった死体――<人形>と、そしてさらにその10倍を超えて余りある<人形>の軍勢。
ワタシの後ろに悠然と座している一番弟子の方へとただ盲目的に突き進んでくる<人形>の恐ろしいのは、クロプツフェル力学に支配されることによって得ているその強大な防御力ではなく、まさしくその数。
暴虐なまでの大質量。
途切れることのない蹂躙の津波。
そしてこの軍勢を操る<人形の王>。
そうです、わからないのは<人形の王>が<人形>を操る理論なのです。
クロプツフェル力学はありとあらゆる力学法則を、自分が観測するがままに操る力学体系です。
しかしその自由度も、クロプツフェル力学を駆使する相手が存在する場合には急激に制限されます。
なぜなら相手もクロプツフェル力学によって世界を支配しようとするからです。
互いに力学法則を掴み取ろうとする結果、実現するのは両者の平衡点です。つまり自由自在とは到底いい難いのです。
『攻撃ルーチン呼び出し:雷貫』
考察を続けながらも両の指に端を発する雷撃を放ちながら<人形>を駆逐していきます。
プロトタイプの兄さんは一対一が最適ですし、アインスの姉さんは防衛戦に適していません。
ワタシたちは咄嗟に己の力を最高に引き出す役を振り分けたのです。
<人形>は操る<人形の王>だけでなくワタシたち三人にも観測されているのです。
ワタシたちは<人形>が死体であると認識しています。<人形の王>がどう足掻こうとその観測結果がすんなりと通るはずがないのですが……。
この謎を解明しなければならないわけではありません。
とにかく<人形>を焼き尽くし、<人形の王>を打ち倒せばよいのです。
しかしこの理論を応用できれば……、とも思ってしまうのです。もしかしたら一番弟子の方は見破っているのでしょうか?
ちらりと後ろを振り返りますが、一番弟子の方はこちらを見もせずにワインを楽しんでいらっしゃいます。
信頼されているのだという責任感がワタシの胸の内を熱くします。
『攻撃ルーチン呼び出し:雷貫』
――ワタシは負けません。
ぱぁん!
破裂音とともに<人形>の頭が吹き飛び、血と骨と腐肉を撒き散らす!
<人形>の顔面を打ち抜いた右掌底を引き戻しながら空中のアインスの全身がニュートン力学の物理法則を完全に無視した動きで回転。
逆さになって、両手で<人形>の肩をつかむ。
「あはははははははッ!」
重力加速度よりも大きな加速度でアインスの全身が縦回転、振り子のように振るわれた両足が<人形>をバラバラに粉砕しさらに吹き飛ばすっ!
とん、と。
軽く大地を蹴ってアインスが<人形>の群れを縫って駆ける!
地面よりも<人形>を多く蹴りながらアインスが目指すのはニット帽の男。
しかしどこからともなく一瞬のうちに彼女の前に帽子のつばを押さえて少年が現れる――!
「あはッ!」
刹那、反応したアインスの右腕が跳ね上がりピックナイフが一片の躊躇なく少年の左目へと突きこまれる!
「お姉さんの相手はこの僕のようだね。くかか」
哂う少年が動作も少なく距離を離して回避し、またもや残像すら残さずに消え失せた。
「逃げてンじゃねぇぞガキっ!」
楽しそうにアインスがあたりを見回す。見回しながらまとわりついてくる<人形>どもを蹴散らす。
「――こっちだよ」
アインスの背後、<人形>との間に少年が平然と立っていた。いつの間に。
「僕は<禽獣の王>。くかか。よろしく」
アインスが振り返ったときには声だけを残していなくなっている。ピックナイフは<人形>の喉を切り裂くのみ。
「めんどくせぇやつだな! あはははッ!」
羽よりも軽く、<人形>を蹴ってアインスが空へと舞い上がる。
その視線の先に忽然と黒尽くめの<禽獣の王>が出現、笑う。
「くかかかか! 威勢のいいお姉さんだね」
アインスの間合いに入る直前、<禽獣の王>の姿が掻き消え、完璧に同瞬のうちにアインスの懐へと移動していた。
彼女が反応するよりも早く、少年が首を伸ばす!
零れた血が落ちていく。
とっさにかわしたアインスは体をねじりつつ<禽獣の王>へと手を伸ばしその胸倉をつかむ。
「くかかか。美味しいよ、お姉さんの肉」
胸倉をつかまれながら少年は笑った。その口元から滴る血。
<禽獣の王>はアインスの二の腕の一部を一瞬で喰いちぎっていた。嚥下。
痛みを無視して伸ばされたアインスの左腕が動くよりも早く、<禽獣の王>が胸倉をつかむ少女の右腕を両手でつかむ。
「こっちの腕の味はどうかな?」
舌なめずりする少年に戦慄したのか、アインスが動きを一瞬、停止。
その隙を見逃さず<禽獣の王>はその腕を振り払って自由を再獲得――すぐに姿を消す。
「くそがァッ!」
アインスの血が大地に染みる。
着地したアインスは情けない自分を叱咤する意味で激しく悪態を吐きながら<人形>をぶちのめす。
<人形>は腐った腕や足だけになってももがき、殺意をこめて這う。
蹴散らされた<人形>たちが蠢き、元の形を無視して融合していく!
「阿木ロバ暮れ出れリア」
なにやら楽しそうに<人形の王>が呟いた意味不明の言葉は殺戮の大地では誰にも届かない。
腐肉と骨の塊が怨嗟の声をあげ蠕動しながらアインスへと迫る。
「ああもうゴミにかまってるヒマはねぇんだよ!」
両手を振るって極小のナイフを飛ばす。
ナイフは<人形>の巨躯へと命中するが、意味はない。
舌打ちして飛び退るアインス。
そのすぐ横へと<禽獣の王>がいつのまにか立っている。
「―――ッ」
側頭の髪留めからピックナイフを取り出し、切りかかる!
「意味無いって、気づこうよ。お姉さん」
くかか、と笑いながらアインスが両手を振るって繰り出す連撃をまるで無動作で距離をとって避けていく<禽獣の王>。
さりげなく、アインスが振るった左手からピックナイフを手放した。
それは音もなく飛び、
「うっ!?」
飛来した極小の凶器に反射的に回避行動をとった<禽獣の王>の頬を切り裂いた。
うすく血が飛び散る。
「あはははッ! なにも攻撃がとどかねえって訳じゃねえんだな! テメエも殺せる一人の人間ってことだ!」
哄笑しながらアインスが距離をつめ、黒い少年に右拳を叩き込む――!
「人間なんか……嫌いだッ!」
吐き捨てるように叫んだ<禽獣の王>の眼前でアインスの拳が停止する。
まるで透明の壁に激突したような、それ以上、近づくことがかなわないようである。
思いもよらない停止にアインスの腕のエネルギーが暴発、アインスは体ごと後ろへと跳ねとぶ!
「うぁッ!」
かるくとんぼ返りして着地したアインスは怪訝な顔をしながら右腕をさすった。
「テメエ、なんだそれ?」
「なんだ今の?」
ヘリコプターのなかで俺の口から疑問符がこぼれおちた。
「クロプツフェル力学の常套防御手段・対衝撃装甲、……ではないようですね」
薄いノートパソコンのディスプレイを見つめながら隣に座るミス・ミシェルがそういった。
ディスプレイには数々のデータと眼下の戦場の様子が映し出されている。
「対衝撃装甲とは【自己は無事である】という認識によって物理的な損傷を軽減するクロプツフェル力学の簡易な鎧みたいなものです。その観測は常駐させることがそんなに難しくありませんし、また脳内占有メモリも小さいですから非常に使い勝手の良い防御方法です」
そんなこと聞いてねえ。
「しかしこれはクロプツフェル力学の使い手相手には基本的に使い物になりません。相手の攻撃がクロプツフェル力学における観測を含んでいる以上、その観測と対衝撃装甲の観測では後者が圧倒的に脆いですからね。簡単に破られます」
俺のせりふを無視して解説するミス・ミシェル。
俺はため息をつく。
「あの少年がクロプツフェル力学を応用している分野がわかれば、理屈は予測できるのですが……いかんせん手がかりが少ないですね。なにかわかります?」
答えをわかって聞いているに違いない女のといかけ。わかるかっつーの。
ミス・ミシェルが出させた軍広報用のヘリコプターは南の国境線付近に敷かれた緩衝地帯を飛んでいる。
南の広大な共和国と北を覆う連邦はこのクロプツフェル力学がぶつかりあう異形の戦争にはお互いに見て見ぬふりをすることに決めたらしい。
そりゃそうか、こんな意味のわからん事態を公的にとりあってられるほど世界情勢はぬるくない。
東の大陸を支配している合衆国には監視衛星で情報が筒抜けだろうし、これは両政府とも関与していない、というポーズを崩せないのだろう。
……そんなことはどうでもいいな。
俺がめんどくせえ外交に関した考えをやめて戦場を見下ろすと、また状況は進行していた。
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