荒れた大地の上に影を落として、静音飛行しながら軍用ヘリが飛んでいく。
その影を踏んで<破砕の王>が棍を繰り出す!
がつんっ!
プロトタイプのガントレットが受け止めた棍は旋回してさらに彼を追い詰める!
バックステップを踏んで逃げるプロトタイプ。
棍がひるがえり、プロトタイプの左のガントレットを打つ。反動のままに振り回された棍の反対側が今度は右のガントレットを打つ。
びゅんと風を切りながら下段から振り上げられた棍をプロトタイプは"ミドガルズオルム"のワイヤーで受け止め、わざと弾き飛ばされる。
空中で一回転して姿勢を立てなおし、ワイヤーを<破砕の王>へと伸ばす!
複雑な軌道で10mも伸びた"ミドガルズオルム"の隙間をかいくぐって<破砕の王>はプロトタイプの頭上へと飛び上がっていた。
<破砕の王>は無表情のまま、プロトタイプへと棍を振り落とす!
「へへえーっ!?」
プロトタイプはなんとかそれをガントレットで防御するが、空中で衝撃を逃がすことがかなわず、地面へと着地。
「……………」
追って落ちてきた<破砕の王>は棍を頭上で回転させて、さらにプロトタイプへと打ち付ける!
再び両のガントレットを重ねて攻撃を受け止めたプロトタイプだが、その足元の地面が耐え切れず砕け散るっ!
舌打ちしたプロトタイプの顔面を<破砕の王>のキックが急襲!
とっさに前転して回避した彼の背中へと棍が迫る!
――ギャァッという機械音とともにプロトタイプの姿が掻き消える。
正確に捕捉した<破砕の王>が顔を向けたのは空中。
クロプツフェル力学で座標を固定した"ミドガルズオルム"を巻き取っての高速かつ急激な移動。
身体操作にクロプツフェル力学を振り分けていないプロトタイプの得意とする移動法である。
<破砕の王>が棍を提げて地面を蹴り、中空の彼を追う。
「へへへっへへ! さァ来い! ここがオレサマのフィールドだ!」
プロトタイプは寒空に響けと高らかに笑った。
――瞬間移動か?
アインスは空中でピックナイフを投げ飛ばしながら頭を回した。
ピックナイフが到達するより早くにその姿をくらませる<禽獣の王>に彼女は軽く舌打ち。
ニュートン力学下では不可能な空中での身体操作でぐるぐると回転し、前後左右上下まで見張る。
――なんかひっかかるんだよなー。
――瞬間移動ならなんでさっきはオレの手から逃げられなかった?
そう思った刹那、アインスの眼前に<禽獣の王>が出現。
予備動作なしに伸ばされた貫手にわき腹をえぐられながらもその腕を掴んで少年を確保。
「くかか。また喰われたいの? お姉さん」
「あははッ、やってみやがれガキが!」
至近距離から膝蹴りを繰り出すアインス。<禽獣の王>は自身を掴む腕をそのまま防壁にして、さらに手を伸ばしてアインスのおとがいを掴んだ。
「くかかかか」
精一杯首を伸ばして<禽獣の王>の牙を避けるアインス。その甲斐あって皮一枚を持っていかれるだけですんだ。
「安いヴェーゼだぜッ!」
<禽獣の王>を放してハイキックを叩き込む。
当たった感触はあったが相手のリアクションを見る前に少年は消えていた。
――やっぱり触れてると逃げられないみたいだな。
――そういう瞬間移動、と考えるよりも……、なにか別の理論があると考えたほうが自然か?
クロプツフェル力学に幼いころから触れてきたアインスは、理詰めで理解するより体で、感覚で理解するタイプである。
それゆえに考えながら戦うというのは苦手なのだが、今は仕方がない。
殺されるのも殺せないのも楽しくないからだ。
――殺してやる。
あっさりと彼女は思った。
<禽獣の王>は、現れない。
ヘリの中。
「あぁなるほど。わかりました」
ノートパソコンを操作していたミス・ミシェルがぽつりと漏らした。
常識を超えた闘争を眺めていた俺は白い女を見遣った。彼女はぶつぶつと呟いている。
「……【自己】を拡張……物理定義をとりこみ……なるほど……」
ディスプレイに示される地上の映像に赤線が引かれていく。
「なんだこの線?」
「わかりませんか? これはあの少年が通った道筋ですよ」
わかんねーだろ普通。
「彼は瞬間移動しているのではありません」
ミス・ミシェルがゆっくりとこっちを向いた。
「彼は距離を【支配】しているのです」
雷鳴!
乾いた大気を喰い破って十の雷撃が<人形>たちを焼き尽くす!
同時に地面が稲光を放ち、雷撃を逃れた<人形>たちを弾き飛ばす!
死骸の死骸を乗り越えてさらに波濤のように迫る<人形>を砲撃のような雷が貫徹する!
「……………」
とどまるところを知らない<人形>の進軍にツヴァイは<人形の王>暗殺をあきらめて、防戦一方となっていた。
ツヴァイの仮想視界には『雷貫』や『伏雷流』、『鉄槌』といった呼び出されたルーチンの処理ウィンドウがべたべたと表示されている。
ルーチン終了の処理が終わるより早く、次のルーチン呼び出しが発生するために消えないのだ。
『攻撃ルーチン呼び出し:天の槍』
『呼び出し失敗:演算処理空間不足』
『全攻撃ルーチンを強制終了』『演算処理空間を確保』
すうっとツヴァイが右手をあげた。
荒野を進んでくる<人形>を仮想視界に納めながら、彼女は脳内のスイッチを、
『攻撃ルーチン呼び出し:天の槍』
押した。
地の裂けるようなガリガリという轟音のあとに、目も眩む閃光が世界を白に染める!
同時に耳を聾する暴虐なまでの雷鳴が腹の底まで震わせた!
一瞬だが太い雷が地面へと突き立ち、その乾いた大地を粉砕破壊したのが見えた。
使える限りの全処理能力を傾けたツヴァイの全力の攻撃。
その爪痕はおおきく荒野に残っていた。
砕かれ黒焦げになった地面の中心にはおおきな穴があいている。
数多の<人形>は今の攻撃で吹き飛ばされた。
「……ふう」
ツヴァイはようやく一息ついた。
処理のほとんどを16進数電子操作演算機に任せているとはいえ、根幹を成すクロプツフェル力学による観測を行っているのはツヴァイ本人なので、それなりに疲れるのである。
そんな彼女に、彼女に守られているクロプツフェルの一番弟子が声をかけた。
「疲れたのか」
ぴくんっとツヴァイが反応する。
「……いえ。だいじょうぶです」
薄く頬を染めつつ答えると、一番弟子はワイングラスを揺らしながら続けた。
「そうか。それはよかった。――また来るぞ」
地面を突き破って数え切れないほどの死骸が立ち上がる!
「湯がなきしみある憂いる区」
意味の通らない言葉で<人形の王>がなにかを指示した。
<人形>は空虚な眼窩を――無いものは体を――いっせいにツヴァイのほうへと向けた。
ツヴァイは全身が総毛立つのをはっきりと感じた。
これは恐怖。
この感情は恐怖。
生命の危機に感じる感情。
ワタシは、勝てるのでしょうか?
「クロプツフェル力学を使う上で何よりも大切なのは、自分を見失わないことです」
ぱたぱたとノートパソコンのキーボードを叩きながらミス・ミシェルはのたまう。
「クロプツフェル力学は観測するすべてを自侭に【支配】します。それはもちろん自分自身も含まれます。自分自身を観測することで自分自身が崩壊してしまうのはもっとも忌避すべきことです。だからクロプツフェル力学の使い手は皆、自分自身をしっかりと認識し、定義し、輪郭を明瞭化し、ほかとの隔絶をはかり、自立しています」
自分が誰か、クロプツフェル力学によってわからなくなっちまうってことか。
そりゃ困るな。
「もし自分自身、つまり【自己】を見失うと、全身がぐちゃぐちゃになって死にます」
「……………」
「多くの被験者が【自己】を見失って崩壊していきました。【自己】は他人によって観測できず、決定できず、定義付けられません。だから独力で【自己】を見つけ、確立せねばなりません」
で、それがどうあの小僧につながるんだ?
「そう急かないでください。彼は【自己】の定義を拡張しているのですよ。【自己】に距離という概念を含めることで力学の基礎中の基礎である変数・距離を【支配】しているのです」
は?
自分が距離だと思ってるってことか?
「距離も自分だと思ってる、というほうが、雑ですが正確ですね。自分の腕を自在に伸ばせるように、距離も自在に操作できるようになるのです。これによってアインスとの距離を好き勝手にいじっているので、瞬間移動しているように見えるし、距離を固定することによって防御することもできるというわけです」
さっきのあの意味不明な現象の理屈はそういうことか。
しかし……、
「なんてセコいんだ」
「たしかに距離を【支配】すればかなり有利ではありますが、しかし制約とリスクも大きいですよ」
ミス・ミシェルはディスプレイからようやく顔を上げた。
「なんだよ制約とリスクって。それって弱点ってことだろ?」
「それに気付けばアインスは勝てるでしょう」
聞けよ人の話を。
つづく
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