神速で放たれたライトアームが懐へと突っ込んでくる。
貫き手?
違う、紙一重でかわした俺の右裾をつかむ――これは組み手だ! ――連動したレフトアームが右手首をがっちりと握り締めた。
変則的だがこれは! 抜け出せない一撃必殺の、
「一本背負いかッ!」
両フットが床をすべって円を描き、その円運動が相手の上半身へと伝わって俺の右腕を引っ張る!
ぐうっと身体が宙に浮く感覚。
や、
ばい!
と思った瞬間には目の前に固い床が迫っていた!
ずだあん!
空中で身をひねってなんとか両足で着地、完璧な残心を見せる相手を隙なく睨む。
相手は人を模した機械。
人工頭脳に人工骨格、人工筋肉に人工神経ときたもんだ。ゴテゴテしたパーツっぽいのは顔面というか頭部に集中してて身体は完全に人間。
しかもすこぶるつきのバランスのよさだ。
柔軟性・伸縮性・瞬発力・耐久力・反射速度・初動速度・加速度・感知能力。
戦闘のデウス・エクス・マキナ。その名もDEX-0317。
またもライトアームを繰り出してくるDEX。
もう掴まれてたまるか! とばかりにライトアーム手首を右手、肘を左手で押さえる。
人間だったらここで水平軸で逆方向に力を加えれば関節に過負荷がかかってぶっ壊せるんだけど(いわゆる逆パカをイメージしてもらいたい
このロボ助は過駆動間接だからそんなの痛くも痒くもない。
壊すには、横じゃなくて縦に、ひねる!
一瞬の荷重、そして、それからの解放。
<MASS;CONTINUATION DEX-0317>
<MASS;DAMEGE><MASS;LOAD AT RIGHTARM>
<MASS;RELEASE ‘ORACLE’><MASS;OPERATION COMPLETE>
<WORD;右腕中間間接断裂まであと2sec.>
デーモン『神託』が予測演算の結果を端的に報告してくる。思考結晶"みしぇる"の人工人格"DEX"は無い唇を噛んだ。
<THIN;さすがにまずい! 右腕はやれない、阻止しなくちゃ! [last]>
ライトアームを押さえられたままで雷光のような思考の末に動いたのはレフトアーム。
喉元を貫く勢いで迸った抜き手を相手が大きく身を反らして回避。
ライトアームはまだ封じられている。しかし次の瞬間DEXのライトフットが音もなく横滑りして相手の足を崩す。
弾けるような舌打ちとともにライトアームが離され、体勢を崩した相手は即座に一歩横へ、DEXの背後へと回り込もうとする。
<MASS;CONTINUATION DEX-0317>
ヘッダーを塗りつぶす勢いで報告と文書が思考結晶を駆け抜ける。
<MASS;TARGET POINT="0.8-6/5π""0"><WORD;行動予兆感知><WORD;端末反射><WORD;端末反射>
<THIN;背後から、これは小内刈り!? 駄目だっ、崩れちゃうよ! [last]>
獣のように跳ねた俺の右足が相手の股下に滑り込んでライトフットを弾き飛ばす。
がくんと崩れたDEXのレフトアームが跳ね上がって背後の俺へとエルボーを繰り出す!
身を逸らせて回避したが、左手を放してしまった。
体勢を戻す勢いで逆時計回りに反転、身体の前後を入れ替える。さらにレフトアームの手刀が空を切って体勢を崩した俺へと襲いかかる!
うげえっ刎ね飛ばされる!
思わずしゃがんだ俺の頭上を猛風が駆け抜けていくッ。哀れ、遅れた髪の一房がちぎれる。ってうおおおい! ありえねぇよ!?
ぞっとする俺の視界の端でなにかが霞む。
速さでぼやけたライトアーム!?
ちょっ、待て!
<MASS;CONTINUATION DEX-0317>
<MASS;ATTACK MISS><WORD;回避されました>
<THIN;なんて身の軽さだ、信じられない。右腕をジャンプで回避するなんて![last]>
<WORD;攻撃予兆感知><MASS;DANGER>
熱源探知・電磁観測・重力変動という三つのセンサーを駆使して構築した仮想領域と、古典物理学と膨大なデータベースに基づいた予測が思考結晶に叩きつけられる。
反応が間に合わない!
空中で振りかぶった相手の右足がDEXの顔面に突き刺さる。
<MASS;DAMAGE><WORD;損傷率12%:最短復帰時間15msec.><WORD;復帰><WORD;着地準備完了><MASS;RESTART‘ACQUISITION SYSTEM’>
吹っ飛びながら次々と事態を処理していく思考結晶。
衝撃による過負荷で強制終了していた捕捉システムをリスタートし、硬質な床へと着地。
DEXの着地と同時に相手も着地、即座に駆け出して瞬時に距離を詰める。
<WORD;対象接近感知><MASS;DANGER>
鋭い左足の踏み込みに続いて叩きつけるようなハイキック! 端末反射で動いた両腕が交差して防ぐが衝撃がまたもDEXを吹き飛ばす!
どんだけ攻撃を喰らっても応えねえんだなコイツ。
痛みは数値化され、衝撃はベクトル計算。間合いは極座標で表され、相手の動きを計算で予測する。
なるほど強い。
こいつを倒すには、どうすればいい……?
床を蹴った俺は空中で一回転、大上段からの踵落しがロボットに炸裂する!
ぎしっ、と軋むロボ助が、低姿勢からの突進で組打ちに持ち込む。
左足を持たれた! やべえ!
バランスが保てない、まずい倒される!
再び踵落しを叩き込んだが揺るがない――いや、拘束が緩んだ!
足掻いてロボットに組み伏せられるのは回避したが、がばっと起き上がってきやがる!
「おらァッ!」
渾身の回し蹴りを喰らえッ!
<MASS;CONTINUATION DEX-0317>
<MASS;DANGER><WORD;端末反射><MASS;RELEASE ‘ORACLE’><MASS;OPERATION COMPLETE><WORD;軌道予測完了>
<MASS;RUN‘COUNTER’><WORD;『グングニル』発動>
デーモン『神託』で相手の攻撃を予測しつつ、反撃のためにプログラム『グングニル』をインストール。
すうっと動いたレフトアームが猛襲の右足を捌き、ギリギリと力をためられたライトアームが、
<THIN;喰らえ! [last]>
驚愕の表情を浮かべる相手へと、弾丸の速度で撃ち出された。
DEXの右側頭部を撃ち抜くはずはずだった俺の右足にそっとヤツのレフトアームが触れて、蹴りの勢いを殺すことなく受け流す。
なんだその超絶技巧ッ?
完全に体を開いてる俺。まずい。無防備すぎる。DEXのライトアームが霞んで消、
「かッ!? は……!」
ライトアームが俺のみぞおちにめりこんでいる。死ねってこと? 視覚を通り越して触覚で攻撃を知るってどういう速度だオイ!
く……そ……!
内臓が絶叫している。頭ががんがんする。息ができない。
止まるな、止まるな、的になるだけだ、動け動け動け、死ぬぞッ!
すべての動きが緩慢になった視界の中でDEXが踏み込んでくる。
振り上げられたレフトアームがゆっくりと俺の首筋を狙って彗星のように落ちてくる。
打ち首か、はは。
DEXのアイ・センサー、ライトアーム、相手の頭上を通り抜ける右足、レフトアーム、踏みしめる右足。苦しくて苦しくて、でも。
「――まだまだァッ!」
空白になった頭と体が流れに乗る草舟みたいに動く。
意識総動員で現状把握、全力で右足に力を入れる。
<MASS;CONTINUATION DEX-0317>
<MASS;DANGER>
<WORD;回避不可能>
決死の……、踵落としッ!
今までで一番速くて一番きれいで一番強い踵落としだったと思う。
めぎゃっ。とかごばきゃ。とかいう破壊音がして、DEXのアイ・センサーが光をなくし、全身の力が抜けたように弛緩して倒れこんだ。
倒した。
や、やった、のか……?
遅れて意識が戻ってくる。うわ、ちょ、俺、理想の格闘家を、
「倒し……、うげえ」
ごめん吐いた。
「素晴らしいデータが採れました」
数日後、俺は白衣を着た女と相対していた。
「まだまだ改良の余地があるようでわたくしとしても非常に興味深いテストでした。なかなか悪くないと自負していたのですが、実際に闘ってみてDEXはどうでしたか」
ミス・ミシェル。DEXの思考結晶を発明した博士で、おそるべき頭脳の持ち主、らしい。俺から見たら長い若白髪とキレイな顔立ちの女にしか見えないんだが。
適当に感想を述べて、さて帰ろうかなと思っていると、ミス・ミシェルがモニタを動かして示した。
「DEXからの感想です。ここです」
そこにはこう書かれていた。
<THIN;とっても楽しかったよ。また遊ぼうね。[last]>
あれでお遊び気分かよ。
俺は笑ってしまった。
了
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