プリン騒動顛末記 




「……―――ない」
立ち尽くしたベリスは無表情にそう呟いた。



洗濯物をたたんでいたフォルネウスは思っていた。
(ベリス様なんだかまた不機嫌になってる……。なにかあったのかなぁ)
ではない。
(ベリス様なんでかまた不機嫌になってる……。とばっちり喰いたくないなぁ)
である。
テーブルにもたれかかるように座っているべリスはなにが恨めしいのか虚空をにらんでいる。
細い指はかつかつかつかつと神経質そうにテーブルを叩いており、そのやけに規則的なリズムがむしろフォルネウスをさらに不安にさせる。
ぱた、ぱたん、と洗濯物をたたみ終わると、それを待っていたかのようにべリスが大きくため息をついた。

「ど、どうしたんですか、ベリス様」

ここは訊かねばならんのだろう。フォルネウスはそう判断した。その判断は間違ってはいなかったが、――
「……フォルネウス。貴様、エリゴスにプリンをやったのか?」
怒気を孕んだ静かな声。
プリン? と怪訝に思いながらフォルネウスは答える。
「はい、八つ時に。一緒に食べましたよ」

ぴくりと。
ベリスの美しく尖った耳朶がかすかに揺れた。
そしてゆっくりと裂けるように笑んだ。
その獰悪な笑顔を見てフォルネウスは自分が逃げられないことを知った。蛇ににらまれた蛙。
ちょいちょい、とベリスが手招きする。
笑顔が逆に心胆を寒からしめる。

嫌な予感がざくざくと首筋を刺していようとベリスの言うことに従わぬという選択肢はない。
及び腰でテーブルへと近寄ると、ふいにエプロンをつかまれて押し倒された。
笑顔を近寄せてベリスが言う。
「あのプリンはの、フォルネウス」
冷たい汗がだらだらとフォルネウスの頬を流れる。
「――ワシがとっておいたものじゃ」




翌日。

「あのー、ベリス様?」
本を読んでいたベリスを恐る恐るフォルネウスが呼ぶ。
ベリスは緩慢に振り返り、眼鏡を押し下げて彼のほうへ眇めた。
「なんじゃ」
「あの、買ってきましたけど。プリン。食べます?」
フォルネウスがひょいと持ち上げたプリンを仇敵のようににらんでベリスは黙り込んだ。
やっぱり買い直すくらいじゃだめか、とフォルネウスが思ったとき、
「スプーンが足りぬ」
おもむろにベリスがそう呟いた。
「え?」
プリンから目を離して藪睨みをしながらベリスは繰り返す。
「スプーンが足りぬ」
「スプーン……、はありますけど」
皿に乗せていたスプーンをちょこんと指差すフォルネウスへと視線を移してベリスが大きくため息をついた。

「貴様のぶんじゃ、フォルネウス。この莫迦者め」

はにかむベリスをみてフォルネウスは微笑み、それからスプーンを取りにいった。


Fin.


Cutter/黒瀬さん


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