無題
nothing you / i'm kurut-teil U.
今。
突然開かれた視界。
私はゆっくりと、眼球だけを動かして、
そろそろと、辺りを見回した。
一面の白壁。
その真ん中に唐突に現れているドアー。
木製の扉に真鍮製のノブがついている。
硝子は無い。
ゆるゆると首を下に向けると、私の体と床が見えた。
裸足の足が載っている床も白く、のっぺりとしている。
白い部屋である。
この部屋には私とドアーしかない。
あとはこの部屋を構成する白色だけである。
どうしてこんなトコロにいるのだろう。
ここはドコなのだろう。
そこまで書いて私はふうと息を吐いた。
白いカーテンを揺らして窓から爽やかな風が入ってくる。
書斎は机の背面と左側が窓になっていて、正面と右側は本棚である。
机の上には書きかけの文章が連ねられたキレイな紙と、
私には似つかわしくない(事実、それは私のものではなく父の遺品である)高価な万年筆、それから紅茶のカップである。
そのカップを手にとって紅茶を飲み干す。
残ったのは真っ白な世界。
というだらだらとした文章を読んでいた私は、
急に眩暈がしたので目を閉じて唸った。
PCのディスプレイしか光源の無い部屋である。
TVは蹴っ飛ばしたら何も映さなくなったし、電灯は幾年かまえに切れたままだ。
ベッドの上には漫画と雑誌がばらばらと重なっている。
枕はいつかびりびりに破いて捨ててしまった。
窓ガラスの向こうはもうずっと雨戸がふさいでいる。
PCのファンが鳴っている。
天井の一隅には古い蜘蛛の巣がかかっていて、蛾が白くなって死んでいる。
扉には鍵がかかっている。
ドアーには鍵がかかっていた。
ガチャガチャとノブをいじってみたが開かない。
もしかしたら壁にノブが付いているだけなのかと疑ってしまいたくなるほど強固に閉じられている。
蹴飛ばしてみたが私の足が痛いだけであった。
私は部屋の真ん中に座り込んだ。
どうしたものだろう。
どうしようもない。
それに、と私は思った。
どうする必要も無い。
そう、そうなのだ。
別にここから出られなくとも困ることは無い。
脳髄のようなこの小部屋から出なくとも、特にかまわないのである。
私は笑った。
突然スピーカーから笑い声が響きだした。
狂気を孕んだ笑声である。
私はどきりとして動きを止めた。
アハハハハハハハハハハハハハハハ
なにが楽しいんだろう。私は心底憮然として、スピーカーを殴り飛ばした。
アハハハハハハハハハハハハハハハ
スピーカーは確実にイカれたはずなのに声はまだ聞こえる。
私は立ち上がり、むちゃくちゃに怒鳴りながら扉を蹴りつけた。
笑い声はぴたりと止み、私は満足して椅子に座りなおした。
ディスプレイに映る文章にまた意識を集中する。
ドアーが激しく振動した。
向こう側からものすごい衝撃が加えられたような感じであった。
私は吃驚してしまって、口をつぐんでドアーのほうをじっと見た。
ドアーは不気味に静まり返っている。
また部屋は森閑としてしまった。
私は急に恐ろしくなってきた。
誰もいないと、この小さな世界は私のものだと全能感に浸っていた私だったが、
そうではなかったのだ。
誰かがいるのだ。
この私の脳髄の中に侵入しようとする者が。
いやだやめろ、ここは私の場所だ。
恐怖を感じた私の指が勝手に動き、ドアーとは反対側の壁を引っ掻き始める。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
爪が剥がれ、流れる血が白い壁を塗り替えていく。
私は涙を流し、喉も裂けよと叫び続けた。
ぽたぽたと、紙の上に血が零れた。
次の瞬間、抑えきれない衝動でもって私の口から大量の血が噴出した。
白い紙が一挙に真っ赤に染まる。
私は喉を掻き毟りながらどうと倒れた。
黒ずんでいく視界に映ったのは先ほど書き上げた遺書。
紅茶に混ぜた毒が私を急速に蝕んでいく。
なぜ私は服毒自殺なんてことをしたのか、その答えはその遺書にある。
さきほどまで書いていた、その遺書。
それはこのような文書であった。
私はその文章を読み終わり、PCの電源を消した。
真っ暗なディスプレイに私の顔が映っている。
無表情な私と違ってニヤニヤと笑っている。
私は無造作にディスプレイを叩き割り、立ち上がった。
扉を鍵を開けて、ノブを引く。
部屋の外へと出た。
然るべき処置を終えて、私は戻ってきて、今度は窓ガラスと雨戸を開けた。
そして窓から出た。
私は重力にしたがって約15秒間落下し、そして
白い部屋はじょじょに赤く染まっていき、少し動いていたものも冷えた肉塊になった。
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