ハブとマングース
それは唐突に始まっていた。
殺意の凝縮された静寂。目に見えるような圧力を感じる光景。
平和な琉球の静けさを破る獣の吼え声が聞こえる。
冷えた蛇の目と猛る瞳が睨み合う。二匹の躯は自然と円を描き、徐々に径を縮めてゆく。
遠くで雷鳴が鳴り響き、―――――その刹那!
全身を躍動させて相手への最短距離を駆ける双獣が激突、爪牙が火花を散らす。
ハブはそのまま長い身体をくねらせて敵の腕へと巻きついていくっ!
尾でマングースの動きを束縛し、鎌首をもたげて牙を剥くハブ。
しかし、暴れるマングースのもう一方の前足が蛇の細身を切り裂き血の花弁をばらまく!
耳障りな絶叫をほとばしらせてハブが拘束を解いて後退、毒を充填させた牙を見せて牽制。
――影が落ちる。
上空からの急襲! 跳びかかったマングースの力強い一撃が破城槌の如くハブに襲いかかるっ!
破砕音、土煙、咆哮。
からくも必殺の爪撃を逃れた蛇が地を這い、地を叩いた四足獣が毛を逆立てて唸る。
命を刈り合う、殺し合うためだけの殺し合い。
喰らうためでもない。護るべき誇りも矜持も肉親もない。理由無き争い。
負ければそれは死に直結し、勝利したとしても次の敵が現れるだけなのだ。
湿気を含む潮風が吹き荒び、戦闘が再開される。
音も無く閃いたハブの毒牙がマングースの首筋を狙い、食蛇獣の後ろ肢が風を切って蛇を襲う!
殴りつけるような野生の一撃がハブを直撃、骨を砕き内臓をブチ壊して吹き飛ばす。
血を吐きながら壁に激突する毒蛇の牙には己が喀血したものではない朱い液体が。
蹴った勢いのままに駆け出し、天敵の息の根を止めようとする獣。激痛を無視して蠢く毒蛇。
とどめの攻撃がマングースから放たれ、弱ったハブの命を狩りとるっ!
――――……ように見えたが。
静止。
停止。
食蛇獣の動きが途絶し、不自然な体勢のまま倒れ地に臥す。
震え泡をふく。それはハブの猛毒の仕業。流動性の死神がマングースの躯を蹂躙し支配し跋扈する。
血が沸騰し皮膚が剥がれ筋繊維が千切れて肉が裂ける。
脳を掻き回されるような、発狂しそうな痛みに四足獣の汚れた口から鼓膜を貫く最悪の絶叫が吐き出される。
怖気立つような苦鳴は突然終わりを迎え、粟立つような静けさが訪れる。
無音で嘲笑するように裂かれた奈落のような口を開いてするすると動き出すハブ。その口腔に禍々しい毒牙が光っていた。
ひくひくと痙攣するマングースの傍らにとぐろを巻いて宙を舐める蛇が油断なく辺りを見回し、
瘧にかかったような四足獣に冷酷な瞳を落とす。
ハブからすれば既にそれは死骸であった。もしくは我が身を傷つけた憎き肉塊である。
毒の滴る牙のはえる上顎と、黒い舌がゆらめく下顎が分かたれ、紅く血に塗れた口内がのぞき、
ぐうんと躯が伸びて蛇はマングースに頭を寄せた。
ばきり。
骨の折れる不快な音。
絶叫が轟く。それは驚愕と畏怖と激痛が混沌とした叫びであった。
その主はハブ。瀕死のはずのマングースが死力を振りしぼって蛇の細い体躯に腕を巻きつけ、力をかけて折ったのである。
全身に毒が回り、眼球さえも動きを止めぬ、生と死の狭間にいるマングース。
しかし、それでも食蛇獣の両腕はハブを離しはしなかった。
二箇所も骨折させられ、物理的損壊の激しい蛇。その眼も、絶望に塗りつぶされている。
ハブの心情を表すかのように空には黒雲が広がっていく。
毒牙が空を切り、尾が地を叩く。動きを固定され、力の限りに暴れる鎌首も虚しい。
徐々に、少しづつその動きが小さくなってゆき、ついに停止する。
筋肉が弛緩してハブの牙からしとどと毒が零れ、地を灼く。
ぱたぱたと地を叩いていた尻尾も力なく黒土に伏し、動く気配は無い。
虚空を見つめていた鋼の瞳がゆっくりと見えなくなり、全て白目となってから、ようやっとマングースは全身の力を抜いた。
全ての幕を下ろすかのように驟雨――スコールが降り始めた。
南の島に降りしきる豪雨は、仄かに燻っていたハブの灯火を掻き消し、戦いに勝った獣の弱った躯を容赦なく叩き伏せる。
体に入り込んだ死神と、無感情な自然の追撃がマングースの命を蝕み、壊し、吹き消していく。
無用な命の取り合いと、その結果が雨に流されてゆく。
二匹の亡骸が濡れ、雨がいっそう激しさを増す。
真の勝者は独りで嘲笑っている大自然だった―――……
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