星に願いを
天上の牛飼いである彦星と、深窓の令嬢たる織姫の、切なく哀しい愛の物語。
天の川に隔てられた二人は、7月7日、つまり七夕にだけ会うことを許された。
それが七夕伝説だ。
その七夕。
星空で愛し合う二人が睦みのときを過ごしている頃――
「うううう、うるせぇですぅ! 翠星石の願い事なんて見たってなんにも楽しくないですよ!」
星の輝く夜空の下、桜田家のリビングで翠星石が喚いていた。
今はカーテンを閉められた窓の横、白壁に竹が立てかけられている。その無数の枝にはすでに十枚弱の短冊が結われている。
短冊のほかにちょうちんを模した折り紙などの装飾もあいまって、まさしく星祭の名にふさわしい様相となっていた。
のりが用意したこの竹の足元で、先ほどまではしゃいでいた雛苺が眠っている。願い事のほかにもたくさんの絵を描いて竹を彩った彼女は、今は満足そうに笑みながら夢の中だ。
「けど、お前じゃ短冊吊るせないじゃないか。届かないだろ?」
疲れきったような呆れたような声で疑問を呈するのはジュン。その問いに翠星石は口をつぐんだ。こぶしを握り締めている。
「うぐぐ……。で、でもですよっ。椅子を運べば翠星石にだって、吊るすことくらい、わけない、です……」
なぜか台詞が尻すぼみになる。
「けれど……、翠星石は、一番高いところに吊るしたいです……」
恥ずかしそうにうつむいて翠星石が蚊の鳴くような声で望みを告げる。
ジュンはそれを聞き逃さず、そして苦笑しつつ頭を掻いた。たとえ椅子を運んでやっても背の高い竹の先など翠星石が届くはずもない。
「なんとかと煙は高いところが好きっていうけど、この場合はどうなんだ……」
揶揄めいた言葉を呟きつつ、ジュンは竹を見上げた。どうにか先端に結べそうだ。翠星石が先ほどからぎゅっと両手で握っている短冊をひょいと取り上げ、
「わああっ、ぜ、絶対見るなです! 見たら、見たら、許さないですよ! わかってるですか、ちび人間!」
喚く翠星石を尻目にジュンは背伸びをして短冊を結わう。
どのような願い事をこの性悪人形が書いたのか好奇心は湧くが、知って痛い目を見たくはない。口喧嘩や脛攻撃は日常茶飯事、ひどい時には如雨露を使って攻撃してくるのだから恐い。
なんとか文字を読まずに結べたジュンは、知らず安堵の息をついた。
「ほら、結んでやったぞ」
「結ばせてやったんですぅ、か、感謝しろです」
「意味わかんないだろ! お前が感謝しろよ!」
「う、うるせぇですぅ……。ミーディアムとしてドールに従うのは当然のことですよ」
「ミーディアム? ああ、そうか。お前とも契約してたのか」
「な、ななななな、なんなのですかぁっ! まさか忘れていたとでもいうのですかちび人間ッ!」
本気で忘れていたらしいジュンはソファに腰掛けて笑った。
「そういえばそうだったなぁ」
「ゆ、許せんですぅ……!」
先ほどの羞恥の表情から一転して、翠星石は眉尻を吊り上げて赫怒をあらわす。
突然しゃがみこむと雛苺が絵を描くのに使っていたクレヨンを数個拾ってジュンへと投げつけた。
「いたっ! おま、なにする、やめろって!」
「このッ、信じられんです、翠星石との契約を忘れるなんてぇっ! ええい、クレヨンがなくなってしまったです!」
「これが短冊吊るしてやった人への仕打ちかよ! この性悪人形っ」
「きいい! 口の減らないクソガキですぅ。簀巻きにして海に放り込んでやりてぇくらいです!」
「できるか莫迦! お前を神社へ奉納したいよ僕は」
「崇め奉れですぅ! 金をよこせですぅ! 跪いて額を床にこすり付けて一心不乱に謝るですぅ!」
「訳がわからん! 供養してもらうんだよ! 燃やしてな!」
「も、燃やすぅ? 翠星石を? ななな、なんということですぅ、体のちいせぇこのちび人間は心まで小さいですぅ。猫の額すずめの涙ですぅ」
「悪かったな! 性悪人形の願いなんか叶わないに決まってるぞ!」
「なんですってぇ!? 全薔薇乙女でも美貌を誇り容姿端麗完全無欠の翠星石の願いが叶わないです!? 願い事もしらねえくせに勝手言いやがるですぅ!」
「じゃあ見せてもらうぞ。なんて書いたんだ? ………」
「ひゃあああっ、やめろです! 見るなです! 読むなです! こぉのッ……!」
立ち上がって最上にある短冊を手に取るジュンに向かって跳び蹴りを食らわせようとした翠星石は、
「……なんて読むんだ?」
そのジュンの台詞に思わずすっ転がってしまった。
「なに? 騒がしいわね」
真紅が二階から降りてきて、呆れたようにそう言った。
▲ ▲ ▲
「どうだい薔薇水晶。ごらん、竹の人形だよ」
「竹まで作れるとは……、さすがお父様は……、最高の人形師です……」
「ありがとう、薔薇水晶。さぁ、願い事を言ってごらん。この短冊の人形に書いてあげよう」
「素晴らしいです……、お父様……」
「こいつらアホか?」
「白崎、何か言ったか?」
「いいえ何も」
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