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彼岸の夢



    ☆    ☆    ☆

 そんでもって今は昼休みやねん。ウチは前の席の二見さんの椅子を後ろに向けて座ってるちさちゃんと一緒に待望渇望のお弁当を食べてる。
「それでね、もうランニングしてるときの岡山君がめっちゃくちゃにカッコよくてぇ! あったし惚れ直しちゃった!」
「ちさちゃんはホンマに好きやね、岡山君のことが」
 箸を振りまわして、赤面しながらもちさちゃんは興奮して大好きな岡山君について語る。ウチはそれをほほえましく思いながら、お弁当を平らげていく。
「でね! 岡山君とすれ違ったときにさぁ、こう、にこって! にこってしてくれたわけよ! 本当に嬉しくて!」
 ちさちゃんのその喜びようも、正直よー分からん。まぁ……、好き好きやな。ウチが食べるん好きなんと一緒やろ、多分。もぐもぐ。
「それはそうとさイッちゃん。みーちゃんに聞いたんだけどさぁ、最近体育館、出るらしいよ」
 出る?
 ウチは箸を止めて、雰囲気を変えたちさちゃんを上目遣いに見た。
「おばけ?」
「そうなの。練習を終えてラケットとか倉庫に戻すときにさぁ、どこからともなく、すすり泣くような声が聞こえるんだって……。それで急いで片付けて扉の鍵を閉めようとしても閉められないんだって。必死で閉めたら、扉の向こうから、『助けて……』――いやァーっ、こわーい!」
 楽しそうに身悶えするちさちゃん。あーうん、ありそうな話。学校の七不思議ってやつ? もぐもぐ。ちさちゃんは笑いながらすでに次の話にうつってる。早! なになに?
 っと、その前に。
「ごちそうさまでした」
「イッちゃん食べるの早すぎー! あははははっ」
 ちさちゃんははよ食べたほうがいいと思うよ、ウチ。

    ☆    ☆    ☆

 昼からの授業をサボって、オレと三笠はゲームに興じていた。
 場所は南校舎の屋上へと続く階段。屋上は封鎖されているから、こんなとこには誰も来ない。絶好のサボりポイントだ。
「うおっしゃあ! ボス倒したぜ! ほらみろ柊、いやぁ苦労して倒したボスの後のイベントはなんと清々しいことか!」
 三笠が携帯ゲーム機の画面を見せてくる。おおーっ、すげえ。あの難敵をあのパーティで倒すとは……。三笠はにやにやしながらゲームに戻った。オレもポーズしていたレースゲームを再開する。
 もたれかかった鉄扉から冷たい感触が伝わってくる。
 授業とかクラブとか、かったるくてやってらんねー。
 そう思ってそれらを一度サボってしまうと、もう次もべつにいかなくていいんじゃないかと、思ってしまって、ますます色んなものがかったるくなってしまう。それでも学校に来るのは、登校拒否なんてのもめんどくせーからで、ぶっちゃけ惰性でしかない。
 一年生のときには楽しく思えた学校の授業や行事なんてのも、いまじゃくだらねーとしか思えない。生徒会とかが企画したりしてるのも、オレからすれば莫迦らしいゴッコ遊びだ。だから勝手にやってろ、と思う。オレに関わるな、かったりーから。クラブなんてもっとかったるい。先輩なんて呼ばされる三年生だってたかが十四歳じゃねーか。なんでそんな連中のいうことを聞いて、だるい思いをしなきゃならないんだ。
「おらおらおらっ、死ね死ね!」
 ゲームでモンスターを倒している三笠も塾なんていうものに行かされている。学校よりもかったりーらしく、サボりにつきあわされることも時々ある。ゲーセンなんかで遊んだりしながら、三笠は愚痴っている。「そんなに勉強できてなんか嬉しいのか? いい大学に入っていい会社に入って、得すんのはけっきょく親なんじゃねーの」。それでも三笠は一年生から入っている野球部をやめようとはしないし、参加していることのほうが多い。べつにそれはそれでオレはいいと思う。なにがかったりーかなんて人次第だ。誰かが決めるもんじゃねー。
 オレはもうなにもかもかったるくなってゲームの電源を切った。
 三笠は何も言わない。お互いが邪魔しない、自由な距離感。オレはそんなんが好きだ。楽で。
 背中が汚れるのも気にせずに、オレは冷たい床にねっころがった。

    ☆    ☆    ☆

「片無ー。一緒にかえろーぜー」
「ああ悪い。俺いまから生徒会だ。さき帰っててくれないか」
 俺の台詞を聞いた外城田があー、と唸る。なんだよ。そんなに怒ることか、生徒会で一緒に帰れないの。
「そうやって紀伊野ちゃんと一緒に帰ろうという魂胆なのですね? もー、仕方が無いですね、君の仄かな企みに気付かないふりをして僕は一人で帰ってあげましょういいでしょう僕は心のやさしい人間です」
 どうしてそうなるかな。あとその気色の悪いしゃべり方はやめろ。ちょっとあのヤローに似てるんだ。
「仕方ないだろ、帰る方向が同じなんだから」
「わかったわかったわかりました。そんなに必死になって誤魔化さなくてもおれは誰にも言いふらしたりなんかしねえって! ひゃひゃひゃ」
 笑い方が怪しすぎるぜ、外城田。
「じゃあな! 楽しんで帰れよ、紀伊野ちゃんとな。ちくしょう、おれも紀伊野ちゃんみたいな娘と帰りてぇッ! マジ羨ましい! いっそお前の代わりにおれが紀伊野ちゃんと帰りてぇッ!」
 勝手にしろよ。紀伊野だったら別にお前が遠回りしてることに気付かないだろうよ。そんなことを俺が思っていると、
「そうか! 憎たらしいお前と一緒なのは癪だがおれもお前ら二人と帰ればいいんだ! よーし、片無。存分に生徒会活動を楽しんでこい! おれはその間にスペシャルトーク案を練っておくからな! 千通りくらいな!」
 癪なのは俺だよ。あと紀伊野が学校から帰宅するまで十分もねえぞ。千通りのうち採用されるのは十通り程度になるぜ?
「ま、せいぜい妄想に精だしてろ。俺は行ってるから。一応帰る前にここ寄ってやる」
「おう! いい汗かいてこいこの色男!」
 生徒会は運動系クラブじゃねえ。

    ☆    ☆    ☆

 一年二組の教室は終業直後の騒がしい空気で満ちていた。
 一丸壱香と粟狩千里が楽しげな足取りで手を取り合って教室を出て行く。それを視界に納めながら、しかし特に何も思うことなく淡々と、琢磨豪は自らの鞄へと教科書類を収納していく。
「えーッありえなーい!」
 教科書類に混じって、『易しい妖怪の創り方』『異界散策紀行』『闇・渦・底』といった本や雑誌が鞄へと入れられていく。怪しげな書物をたしなむ彼はクラスでも「変人」として認識されている。いじめられているといったことはないが、浮いていることに違いはない。
「ほんとなんだってば。本当に聴こえるの……『寒い……寒い……』って!」
 所属する図書部では珍奇な書物を読破しているということで感嘆の念を持って接される。多くはない部員のなかには、彼に頻繁に蔵書を借りるものもいる。
「みーちゃんそれ、作ってないよねぇ?」
「そんな訳ないじゃん! あたし以外でもみんな聴いたことあるんだよ?」
 窓際で盛り上がっている話は、琢磨豪が調べたところによると、声の怪異。
 体育館にある体育倉庫で少女の声が聴こえるというのだ。ひとりだけでなく、複数が同時に聴くこともあるらしい。声の内容は、すすり泣き・『助けて……』・『寒い……』・『冷たい……』、だそうだ。いつも聴こえるわけではないが、特定の人間しか聴こえないということはないそうである。
「先輩らは怖いこというしさー……もうヤダよー」
 憂鬱そうにため息をつくクラスメイトの二見をちらりと見ながら琢磨豪は噂の続きに思いを巡らせた。
 この声はどうやらけっこう前から聴かれていたらしい。しかし、それは噂話の範疇にとどまっていたし、内容も泣き声か、あるいは意味を成さない喘ぎ声だったりとただの聞き間違いと扱われることもあったという。
 それが今年度に入ってから聴かれる回数も増えて内容まで明瞭としてきたのだから、先輩らは一年生を呪われているなどと冗談を飛ばすのである。
「まぁまぁみーちゃん、きっと今日はだいじょぶだよ、クラブいってきなよ」
「そうだよ、それに今日は生徒会が体育館で作業するんじゃなかった? きっとクラブは早く終わるよ」
「そうだといいけど……」
「それなら今日は教室で待っとくね! クラブ終わったら戻ってきてよ」
「あ、うん。ありがと。じゃあ、行ってくるね!」
「がんばってー」「ふぁいとよー」
 二見が教室の前から出て行くと同時に、琢磨豪も後ろ側から廊下へと出た。

    ☆    ☆    ☆

 生徒会室の扉を開くと、もう大概の面々は揃っていた。あとはミチルと礫王だけか。会長さんに副会長、明菜原にボロ助と幹部メンツ勢揃い。まあいつもの事だ。礫王が遅れるってのはないはずだから……、
「す、すいません……。片無先輩、どいてくれませんか……」
 おう、予想通り来たな礫王。今日もかっちり時間通りだ。
「片無くん、頷いてないで早くどけ。礫王くんが会室に入れません」
「ふん。了解だぜ、副会長。あとはミチルだけか」
 部屋に入って自分の椅子に座る。あー、パイプイスは楽でいいぜ〜。俺の後ろから続いて会室に入ってきた礫王も荷物をロッカーに入れて着席する。
「シン君遅いよっ! なんであたしとクラスが同じなのにそんなに遅いのっ?」
 左前方に座っていた紀伊野から朝と同じ、そして二十四時間三百六十五日始終変わらないテンションで台詞が飛び出る。あ、言っとくが別に俺は何時でもこいつといるわけじゃないから今のは言葉のあやだ。勘繰るな。
「俺はお前みたいに若くないの。俺はもう年寄りなの、お前みたくつむじ風みたいに走り回れない。わかるか?」
「うんッ、ぜんっぜんわっかんないよシン君! だって同じ学年なのになんで年齢が違うという理由が発生するのん?」
「さあな。オゾン層破壊のせいだろ、とりあえず」
「なるほどぉっ。で、シン君はどうして遅れたの?」
「遅れてねえよ! 遅れてんのは―――」
 噛み合わなさすぎる俺と紀伊野の会話の途中、俺が弾劾しようとしたヤツが到着した。
「おーう、みなさんオソロイで。ンだよ片無ィ、アタシ様に見蕩れやがって。惚れたか?」
 騒がしいやつだぜ、本当に。
 こいつは冷川ミチル。一年生の時の同級生で、今は生徒会の仕事仲間だ。手のつけられないじゃじゃ馬で、やたらと俺に絡んできやがる。
「その口を有刺鉄線で縫い止めて太平洋に沈めてやろうか」
「ヒャハハハッ! たまにはオカシイ冗句も創り出すんだな、テメーのその二枚舌はよ」
 悪かったな二枚舌で。だが俺の発言は嘘じゃなくて適当なんだ。そうやってミチルに言葉を投げかけてやろうとすると、
「冷川さんは早く座ること。片無くんは黙れ」
 なんで俺ばっかり命令形よ。このクソ副会長。俺が毒舌の威力を発揮する前にミチルが席に着き、会長さんが口を開いた。
「さて。今日の会議は秋の体育祭についてですねー。まずはー、去年のプログラムと反省をみてみましょうー」





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