ゆるべく街
〜玉章運ぶ風〜
《伝書番》というと郵便配達の人である。
屋根の上とかを渡って、郵便受けに投函するのである。
だからこの街の郵便受けはたいてい屋上にある。
「だからといって屋上まで取りにくる必要はないじゃない? そうでしょチマキ」
《伝書番》の少年リンデは呆れ気味にそういった。
「俺の勝手だろ。だいたいなんだこの街は。坂道だらけじゃねえか」
「君はご機嫌斜めだね」
「こんな勾配のあるところに寄宿舎を建てなくともいいと思うんだがな」
「そう斜に構えるもんじゃないよチマキ。それに《伝書番》からすると楽でいいよ」
「くだりだけだろうがよ」
「登るときは重力が逆向きにならないかって思うよね」
「思わねェくだらねェ」
「確かにくだれない」
「お前、戯言はいいからさっさと手紙渡せよ」
〜有馬山猪名の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする〜
「はい、今日の分」
「おう」
どばっと手紙と葉書をチマキが受け取ると、リンデはそういえば、と疑問を発した。
「君、いつも『結び目』を待ってるけど、どうして?」
「『結び目』? なんだそりゃ」
「あ、そうか。《伝書番》の用語で、手紙とか葉書といった運搬物だよ。で、どうしてなのさ。恋文でも来るの?」
「は? んな訳ねー。大事な資料が郵便事故で紛失なんて冗談じゃねーからだよ」
「《伝書番》の誇りにかけて郵便事故なんて起こさないけどねぇ」
「クビもかかってるしな」
「かばんの紐だってちゃんとかかってるよ」
「願掛けもしてるってか」
「腕によりをかけてます」
「お前は頭のネジが欠けてるけどな」
「君は一言多いよね」
「お前より物知りだからだろ」
けらけらとリンデは笑った。
「違いない! 君は学校に行ってるんだものな!」
「馬鹿にされてる気がするのは気のせいか?」
〜Gavialis〜
学園にある植物園の扉を開いたのはここの生徒チマキ。
ブレザーの襟元をこねくり回しながら彼はベンチへと歩み寄った。
彼を背にしたベンチにはどうやら少女が座っており、熱心に作業をしているようだ。
「そこのからみにくいお嬢さん。ご機嫌麗しゅう」
「からみにくいだと? なにをいっている。わたしのような社交的で愛想のよい可憐な少女はそうそう……っと、なんだチマキか」
振り向いたのは目つきの鋭い少女ガビーだった。
「ガビー。そろそろ自分の面構え自覚したほうがいいんじゃねえか?」
「テメエ仮にも女の子に向かって面構えはないだろう」
「じゃあその剣呑な二人称を改めろっての」
「うるさい。別に問題ないからいいだろう。それともテメエに迷惑かけてるとでもいうのか?」
「スケッチしてたのか、ガビー」
「話を聞け」
〜ああ否定〜
地面に視線を落として花を描いているガビーの隣に腰を下ろして、チマキは空を見上げた。
のんびりと流れていく雲。
ガビーのとがった耳がときおりぴくと動くのが視界の端に映る。
姿勢を通常状態に戻して、チマキはひょいとガビーの耳をつまんでみた。
「……………」
「……………」
「……なんだテメエ。わたしの耳なんか見慣れたろう」
「そうなんだけど。なんで動くんだろうと思って」
「知るか。わたしに動かしてるつもりなんてないんだ。不随意運動だ」
「不本意ながらちょっとかわいいと思ってしまった」
「真剣にスケッチに取り組んでいるわたしを邪魔するなんてテメエはなんて不真面目なんだ」
「真剣だけど不器用だよなぁ」
「テメエのその同情っぽさが不愉快だ」
「不屈の精神でがんばってくれ」
「言語の土俵だとわたしは不利なんだが」
「しかしまぁ不遜な態度だ」
「性格だからしかたないだろう」
〜我輩は鰐である〜
コーヒー牛乳の紙パックにストローを突き刺して、チマキはサンドイッチを取り出した。
「ガビーは腹へらねえの?」
「わたしが人食いでなくてよかったな。テメエを食料にしたいくらい空いている」
「これいる?」
手に持ったサンドイッチを差し出すチマキ。
「パンだとか野菜だとかそんなぱさぱさしたもの食えるか! 知っているだろう! わたしは肉食なんだ!」
「《ワニ》だからな」
ぴろりと伸びたガビーの尻尾を見ながらチマキが頷く。
「ほれ。食堂で買ってきた」
そういいながらチマキが見せたのはフライドチキン。肉である。
「気が利くじゃないか」
「ツケは利かないけどな」
「わたしは値段を聞かないぞ」
耳をぴくぴくさせながらガビーは顔をしかめる。
どうやら空腹を我慢しているらしい。
「……くれ」
「ん? なんだって?」
「……ください」
「よく聞こえねえなぁ」
「ち、ちょうだい……」
「は? べつにこれ、ガビーのために買ってきたとかじゃないから」
にやーとチマキが笑うと、ガビーの目の色が変わった。
爬虫類の瞳でチマキをみつめる。
「テメエ……!」
「こわっ! 脅しは効かない、といいたいけど、マジでこええ!」
げらげら笑いながらチマキが差し出したフライドチキンを奪い取るガビー。
「人の話を聞かないやつだな。食わないといったろう」
「ガビーは《ワニ》だけどな」
〜そこにはきれいな文字で感謝の念が綴られていた〜
ぽかぽか陽気で快晴、潮風が心地よいある日。
美しく整った街の中でもひときわ目立つ荘厳絢爛な教会からひとりの少女が姿を現した。
シンプルながらも手触りのよさそうな布を使ったワンピースに時間をかけて結われたのだろう金髪。白い帽子のしたで少女は微笑んだ。
「今日も素晴らしい日和です。神に感謝を」
少女に手を差し出したスーツ姿の男が、彼女を黒く長い車へと導こうとした、その時。
街路樹の葉をざぁと鳴らして海からの強い風が吹いた。
少女が驚くよりも早く、イタズラ好きの風は少女の帽子をその手でつまんで運び去った。
「あ……っ! 帽子が……!」
呆然と空を見上げた少女を、男が慰める。
「お嬢様。残念ですが、帽子はまたお買いになればよろしいでしょう。帽子は、お嬢様の代わりに風の妖精に連れ去られたのです」
「ですがっ。……ですが、あの帽子はお父様に買ってもらった、誕生日プレゼントなのです……」
諦めきれない少女の視界を誰かが横切った。
軽々と教会の屋根の突端へと着地したそいつはこちらを覗き込んだ。
「うおーい。今飛んでった帽子、君のかい?」
少年の声だ。
怪訝な顔をする男の隣で少女が、金髪を揺らしてうなづく。
「そこにいて! すぐに取ってくるから」
少年はそういって姿を消した。
教会の時計塔にすえつけられた大時計の長針が四半周する前に、少年は再び姿を現した。
屋根からワイヤーを伸ばして降り立った少年の手にはしっかりと白い帽子が。
「はい。どうぞ」
無造作に差し出された帽子を受け取り、少女はそれを胸に抱いた。
「あ、あの。ありがとうございます。なにかお礼を……」
「いやいや、いいのさ。僕は《伝書番》、頼まれたものを届けるのが仕事。僕は帽子を届けるように頼まれただけなんだから」
「だ、誰にですか?」
「ん? あはは。僕にだよ」
「なるほど。ちょっとすいません、なにか書くものを持っていませんか?」
少女のせりふの後半は、隣に立って様子を見守っていた男に対してである。
男は懐から羊皮紙と万年筆を取り出し、少女に渡した。
さらりさらさらと少女はなにかを書き、それを少年に差し出す。
「《伝書番》さん。これを届けてもらっていいですか?」
「およ。誰にかな?」
「ええ、私の帽子を届けてくれた素敵な《伝書番》さんにお願いします」
にっこり笑った少女の答えに一瞬ぽかんとした少年は、おもむろに相好を崩した。
「ああ。そいつが素敵かどうかは難しいところだけど、喜ぶと思うよ」
「嬉しいですっ」
少女はいそいそと帽子をかぶった。そして幸せそうに笑う。
「それじゃあ、ちょっと届け物してくるね!」
少年はそういうとひゅんひゅんとワイヤーを使って軽々と教会の屋根へと登った。
最後にぴらっと手を振って、彼は去っていった。
「よかったですね」
「本当に。私は幸せ者です」
「それではいきましょうか。お嬢様」
「ええ。いきましょう」
少女は車へと乗り込み、男は扉を閉めてから助手席へと乗り込んだ。
車が動き出し、すぐに角を曲がって見えなくなった。
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