ゆるべく街


〜本日、雨天なれど依頼あり〜
今日は朝から雨である。
雨の強さにもよるが、《伝書番》は雨天下では仕事をしない。視界・足場が悪く、事故が起こる危険性はいや増し、つまりは《結び目》――郵便物の紛失、損傷、浸水といった最悪の事態が想定されるからである。
しかし、やはり、火急を要する《結び目》の配達依頼もあるのだ。
そういった場合には、ベテランの《伝書番》が急場で組まれた《待ち針》チームの集中支援を受けて配達することになる。
《待ち針》とは、街を縦横無尽に駆け抜ける《伝書番》の誘導・連絡などの支援を通常業務とする組織、またその人である。
「おーいリンデ! 課長が呼んでるぞ」
《伝書番》リンデの同僚が彼に連絡をまわしてきたので、ロッカールームでオセロに興じていた彼は課長のデスクへと歩いていった。
ちなみに課長以上はデスクが与えられ、もっと偉くなると個室までもらえるらしい。リンデらはロッカーしかない。
「うん。リンデ。うん、あのな。今日は雨だけどな、うん、ちょっと、うん、ちょっとな」
課長ははっきりとしないいつもの喋り方で挙動不審である。
「配達依頼ですね? 《待ち針》の班長は誰ですか?」
「ああ、うん、そうなんだ。班長はね、うん、ウォリスくんっていうらしいんだけどね、うん。第三会議室にいるらしいんだ」
「はい、わかりました」
話が終わらなさそうな課長に頷いて、リンデはまずロッカールームへと戻った。
リンデの代わりにオセロの続きを打っていたさきほどの同僚が仕事か? と尋ねてきたので肯定する。
ロッカーから《伝書番》の装備一式をとりだす。
ヘッドフォンと額当てを首から下げ、ウエストバッグのベルトを締め、リンデはその他もろもろのはいったかばんを肩から掛けた。
「よしっ」
リンデはロッカーの扉を閉めて、第三会議室へ向かった。

〜雨ニモマケズ〜
「――注意点は以上。なにか質問はあるか?」
リンデと同年代の少年――ウォリスが資料から目を上げてリンデに鋭い視線を送ってきた。
彼は若くして《待ち針》で頭角をあらわしてきた期待の新人である。
リンデとは違って就業経験は少ないが、頭の回転の速さがそれを補って余りある。
「そうだね。予想配達終了時間はいつ?」
「ん? あぁそうだな、3件だから……1時間もかからないだろう」
なぜそんなことを訊くのかといった顔をしたウォリスはしかし一瞬リンデから視線をはずして概算してすぐに答えた。
さすがに速い。
「うんうん、おっけー」
「それでは、よろしく頼む」
「うん。よろしくお願いします」
リンデと《待ち針》チームが総礼して、事前会議が終了した。

『こちら《待ち針》。通信状態は良好か?』
何本ものワイヤーと《伝書番》専用の回廊が伸びている玄関口に立っているリンデのヘッドフォンに、多少のノイズとともに入電。
「はいはーいこちら《伝書番》。通信状態は良好。君もなかなかの美声だね」
『雨足が先ほどより強くなったようだ。気をつけるよう』
「完全にスルーかい。初めてだよそんなリアクション」
『準備はいいか?』
「いいともー。じゃ、――配達開始!」
宣言とともにリンデが雨中に飛び出す。
左腰からコネクタを伸ばしてワイヤーの一本にひっかけ、街中へと滑降。
雨が叩きつけるように襲いかかる!
かばんは防水だがリンデ自身はずぶ濡れである。雨用の装備は視界確保のためのゴーグルくらいである。
一挙動でコネクタをワイヤーから外し、直下の回廊に着地。
勢いを殺さずにローラーブレードで濡れた回廊を疾駆する。
回廊を外れて八の字型の屋根を駆け上がり、直角に曲がって頂上を走る。
次の屋根に飛び移り、リンデは減速した。
郵便受けの前で静かに停止。
自らを雨避けにしてかばんから日時指定や速達などの【特別郵便物】をしめす真っ赤な線の入った封筒を取り出し、郵便受けに投函する。
「こちら《伝書番》。1件目、配達完了」
『こちら《待ち針》。了解した』
「さッ、次だ! あめあめふれふれーカーペンター♪」
無線をいれずに楽しそうにリンデは独語し、再び走り出した。

〜風よ、あれが友の火だ〜
リンデはひたいの雨を、いや汗をぬぐった。
彼はずぶぬれになって屋根の上に立ち尽くしている。
『こちら《待ち――。聴こえ――か?』
ひどいノイズでウォリスの声が掻き消される。
「こちら《伝書番》! ノイズがひどい! とにかく道を探す!」
吹きすさぶ風としとど降る雨で自分の声すら叫ばないと聴こえない。リンデの叫びに答えるのはノイズのみ。
天候が一気に荒れだしたのは【特別郵便物】をすべて配達し終わってすぐだった。
さぁ―――と雨と風がやんだかと思うと、海が光った。
一拍おいて轟音――落雷!
天が裂けたかのような嵐となったのである。 暴風につきワイヤーの使用は非常に危険、回廊はところどころ冠水し、屋根の上は川のように水が流れている。
帰り道がわからなくなっていた。
案内を頼もうにも《待ち針》との通信状態も最悪である。
リンデはとりあえず方向を定めようと周囲を見渡す。
雨が強すぎて視界は見づらく、ときおり光る稲妻が目を眩ませる。
「ん」
みつけた。
さすが《待ち針》期待のルーキー、発想が違う。――火が見えた。
ウォリスが玄関口で火を焚いているに違いない。リンデへの目印のために。
「あとは僕のがんばり次第ということかな! まかせろ!」
雨の流れていく屋根を蹴ってリンデは回廊へ勢いよく乗った。滑り出す。
降りしきる雨が逃げられずに水溜りになっている場所をなんとか先に察知して回避し、またすぐに回廊に戻る。
何度か水溜りにつっこみながらもベテランの実力というべきか、リンデはなんとか帰り着いたのだった。

〜one〜
「という感じでさ、いやー大変だったんだよ」
注文したコーヒーを待ちながらリンデは今日の出来事をチマキに語っていた。
「それが待ち合わせに遅れた言い訳だってのか? こちとら一時間待ちだぞコラ」
「東風虎」
紅茶のカップを音高くソーサーに戻しながらチマキが唸った。
外はいまだ雨。
海を荒らし、街を濡れ鼠にした嵐はすでにどこかへ行ってしまったようだが、側溝から水が溢れ出しているようななか、外出したいと思う人はいないようで、路地を歩いている人はいない。
「悪かったてば」
「そう思ってるやつはにこにこ笑ってたりしねえ」
「でもチマキが怒ってないことを僕は知っている」
「待っている間に一本レポートが仕上がったからな」
「ここはひとつ、レポートに免じて許してくれないかな」
「そんな奇妙なこというやつ誰一人として知らないぜ」
「きっと君の友達は僕一人なんだね」
「いっぺん黙ったらどうだお前は」
「それともあの《ワニ》の子は一度も奇妙なことをいわないのかい?」

〜去る〜
「お前っ、……なんでガビーのことを?」
「いやいや。このまえ君の学園のとある研究室に《結び目》を届けにいったときに君らを見たのさ」
「……………」
「ガビーっていうのか彼女。《ワニ》の友達とは君もなかなかやる」
「なんだそりゃ。あいつは、なんつか、拾ったんだよ」
「落とし物は交番に届けたほうがいいと思うな」
「あんなもん届けられたら警察のほうが困るわ」
リンデはウエイトレスの運んできたコーヒーを受け取った。
「僕も《ワニ》の集落のほうへは配達に行かないし、街じゃ珍しいよね」
「知ってる。……なんだその目は」
「いやあ、君が二人の馴れ初めを話してくれないかなーと思ってね」
「馴れ初めってなんだ馴れ初めって! まだなんもねーぞ!」
「あそう。君、けっこうオクテなの? 意外」
「そこらへんにしとけよ猿」
「あ、職業差別! でも今時《伝書番》のことを猿って罵るって君くらいじゃない」
「ま、死語だな」
「さすが言語学者の卵といったところだね」
「熟すとできあがるのはゆで卵ってわけかよ」
「君にぴったりじゃないか、ハードボイルド」
「言語学者なのに感情をまじえないってどうなんだ」
「いやいや客観性のある論理的な論文が書けるんじゃない?」
「ちなみにお前は客観的なんじゃなくてただの他人事だろ」
「お金は取ってないからね」
「こっちが払って欲しいくらいだ」
「なむあみだぶつなむあみだぶつ」
「祓ってんじゃねえよ」




戻る
トップ