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ゆるべく街
〜あれ〜
朝日がゆっくりと天頂へとのぼっている途中、その光は海を青く澄ませ、レンガを焼き、学園の研究室棟へとその輝く手を伸ばしていく。
学園の研究室棟は四階建ての長い建物である。
その三階、数ある研究室の一室でチマキは過去の論文をまとめていた。
「いてっ」
かるく原稿用紙に滑らせた人差し指に赤い線が走っている。すぐさま玉が膨れ上がり、こぼれそうになる。
「げ」
ぱくりととりあえずその指をくわえて、髪を切るのと紙で切るでは大違いだ、となんとなく思い、それから、
(あれ……カミキリムシが切れるのって髪か? 紙か?)
〜スピード〜
「おにぎりとコロッケくださいな」
昼休憩のリンデはそう注文した。
「リンデ! ご無沙汰じゃない」
店番の少女がカウンターを越えてリンデの頭を叩いた。
「アーネ、君、挨拶代わりに人の頭、叩くのやめなよ」
リンデが笑いかける少女・アーネはきゃらきゃら笑いながらコロッケを油に入れてご飯を握り始めた。
「リンデはたしか梅干だったよねっ」
「うん。よろしくー」
店頭にならべられた年代物のイスにリンデは腰を下ろした。
昼下がりの厳しい日光は頭上のひさしにさえぎられてここまで届かない。
「走っている車の上にみかんとりんごとなしが載っています。カーブで落ちたのは?」
「運転手」
「怖いよアーネ」
〜晴れはあけぼの〜
「いやーっ今日もいい天気だね!」
「……………」
「ほらほら見て見てっ、島の数だって数えられるよ!」
「……………」
「いやーこんな天気のいい日にはアイスクリームが食べたいねっ! バニラの!」
「……………」
「昼休憩みたいにおやつ休憩もあればいいのにねっ!」
「……………」
「おにいちゃんはお仕事がんばってるかなー」
「……………」
「ね。まだ眠いの?」
「……え? ごめん、寝てた」
「目、開いてたよ!?」
〜アーネ〜
「はいっ、できたよリンデ」
アーネが木皿におにぎりとコロッケを載せてカウンターへ置いた。
「ういーありがとー」
代金を支払ってリンデが皿を受け取ってまた座る。
まくまくとリンデが昼食を摂っていると、アーネがカウンターにもたれかかってぽくぽくと彼の頭を叩いた。
「なんだいアーネ」
「昨日お姉ちゃんが都から帰ってきたんだよー」
「あぁ。妹なのにアーネとはこれ如何に」
「なにいってんの? それよりお姉ちゃん、部屋が汚いだのなんだのとうるさいんだ、まったくもう!」
「僕にそんなことをいわれても」
「あーいいなぁリンデはお姉ちゃんとかいないんでしょ? うらやまっしー」
「アーネ。お茶ちょうだい」
「あんたわたしのハナシ聞いてる?」
コップに冷えたお茶を注いで、外まで出てきてリンデにそれを手渡すアーネ。
うまそうに一口お茶を飲んだリンデはおにぎりに手を付けた。
アーネは両腕を頭上に上げて伸びをする。
「うーんっ、そろそろ休憩しようかなぁ」
「いいんじゃない。客は僕だけだし」
「それもどうなのよ」
〜新商品〜
「それはそうとリンデー」
「なぁに? だいたい察しは着くけど」
食後におかわりしたお茶でリンデは一服していた。
「新商品の試食、お願いできないっ?」
「毒味と訂正してほしいね」
苦笑するリンデ。ぽこぽことアーネはその頭を叩いた。
「そんな不味いのなかったでしょ!」
「いやぁどうだろ。お腹壊したことがあったような」
「そりゃあんたの腹が弱いんでしょ。わたしも食べたけどそんなことならなかったもの。この貧弱」
「じゃなくて君が強いんじゃない? 僕は人並みだよ」
がすっと音を立ててリンデの頭頂部にアーネのチョップがめりこんだ。
「繊細でしとやかな乙女に向かって何を言うか」
「ほんとうに君はおとなしくてかわいいね」
「棒読み! あとイヤミ!」
憤然とアーネは店頭の椅子のひとつに座った。
「それに焼きマシュマロとか美味! だったでしょー」
「あれを考えたのはお姉さんなんでしょ?」
「う。とっとにかく今度のはおいしいわよ!」
「まったくもって楽しみだよ」
「棒読み! あとイヤミ!」
〜将棋〜
昼休憩に弁当を食べていたウォリスの対面に同僚が荒々しく腰を下ろした。
「ウォリスっ! 今日こそお前を倒してやるからな!」
弁当から顔を上げないウォリス。
同僚が食堂の机に置いたのは簡易な将棋盤。じゃらじゃらとその上に将棋の駒をこぼす同僚。
「オセロでもチェスでも陣取りでも五目並べでもどんなゲームでもいかんともしがたい事情によって退転せざるを得なかったが、今回はお前も知らないはずのゲームだからここで俺の実力が発揮されて勝てること間違いなしだぜ!」
そこでようやくウォリスは顔を上げて将棋盤をにらんだ。
「へえ。極東の島国の戦争ゲームじゃないか。珍しいものを持ってるもんだ」
「知ってるのかよ!」
「いや。内容は知らない。わざわざ買ってきたのか?」
「勝つためには買うさ! やすいもんだぜ!」
「プライドは高いのにな」
「はっはっは! そんじゃまずルールだルール」
同僚は全力で、ウォリスは弁当を食べながらルールブックを読んだ。
「チェスと似てるな」
「チェスよりややこしいぜ!」
同僚は全力で、ウォリスは完食した弁当を仕舞いながら将棋盤に駒を並べた。
戦闘開始。
戦闘終了。
「"王手"。"詰み"、というのだったか? チェス風にいうとチェックメイトだ」
「まっマジかッ!? ここは? こっち……こうすれば、……うがーっ負けたっまた負けた!」
「なかなか面白いゲームだな。今度からはこれで対戦しよう。気に入った」
「ハンデつけようハンデ。ウォリスお前今度から"飛車角落ち"とやらでやれ」
「ふむ。まぁいいんじゃないか」
「ヨユーかよ! ぶっとばすぞ!」
「ゲームでどうぞ」
「よーしもう一戦だ!」
「おい、おい。もうすぐ昼休憩が終わるんだぞ」
「おやおやァ? 臆病なウォリス君はお逃げになられるのかな?」
「……そこまでいうならやってやろう」
「おっしゃこいや!」
「"王手"。詰みだ、俺の勝ちだ。ちょうど昼休憩も終わりか、ちょうどいいな」
「速すぎるだろ……ウォリス怖い……」
「ん? いくぞ、午後が始まる」
「俺は終わったよ……なにもかも……」
〜続・新商品〜
"新商品"を作りに奥へと引っ込んでいたアーネが戻ってきた。
両手で持った木皿の上にはおにぎりがひとつ乗っている。
「なんだかいやな予感がするね」
「シツレイな!」
ぷんぷんと胸を張るアーネの持つ木皿からリンデがおにぎりを手に取る。
外見は何の変哲もないおにぎりである。きれいな三角形に握られた白米にぺたりと海苔をはりつけている。
「で、どういう料理なのこれ」
かぎりなく怪しいものを見る目でおにぎりを検分しながらリンデが問いかけると、アーネは、
「そんな目で見るな! ……で、どんなのかは食べてからの楽しみってことで」
「えー」
「先入観を持たずに食べるためよ!」
「アーネはときどき無理を押し通そうとするところがあるよね」
「通るからねっ。それに無理は通すものよ!」
「あっそう。まぁ僕も通されるわけだけど」
じゃあ、いただきます。とリンデはぱくりと"新商品"のおにぎりに喰らいついた。
リンデの舌に伝わるのは塩をいい塩梅に混ぜ込んだ白米の味、だが。
歯が感じた感触は米だけではない、繊維質、野菜――いや果実!? 続いて舌が甘さを感知!
「っ?」
なんだこの、甘さと酸っぱさのない交ぜになった味、あふれる果汁!?
リンデはがばっと身を起こして叫んだ。
「パイナップルかッ!」
アーネが嬉しそうに顔をほころばせて指を振った。
「ぴんぽーん。おいしいでしょ?」
「触感が気持ち悪くて、塩味と甘味がまざって、とても不味いです」
ごっす!
「あんたのそういう正直すぎるところがわたしは好きだよ」
「だったらチョップいれないで……」
「おにぎりもパイナップルも美味しいじゃない!」
「君は両方とも美味しいからといって牛丼にパフェを乗せるのかね」
「誰がそんな話してんのよ!」
「たとえですが!」
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