ワタシはクロプツフェル力学単体兵器が二号機、ゼウスの矛を司るツヴァイです。

ゼウスの矛はクロプツフェル力学を応用した16進数電子操作演算機による遠距離レンジの兵器です。
エレ=サイトゴーグルである16進数電子操作演算機で両目を覆い、視界中の電子にクロプツフェル力学を作用させて自在に操作することで相手を電子で撃ち抜くことができます。
もちろん無茶な電子移動をすることでイオン化が起こったり大気中の酸素がオゾンへと変化したりするので、これもまたクロプツフェル力学によって仮想的な代替荷電子体を置くことでそれらを防いでいます。
16進数電子操作演算機は電磁波である光をすべて解析し、ワタシの視界に仮想フィールドを広げます。
仮想フィールドに映し出されるのはあまねく電子と量子化された通常視界が重なった、赤みがかった世界です。ワタシの視界以上を把握することはできませんが、ワタシにしか見えない電子の動きが背後の動きまでをも推測させます。

兄であるヨルムンガンドを司るプロトタイプとも姉であるフェンリルの牙を司るアインスとも異なる攻撃方法を持つワタシは、軍閣の電磁気学研究室とクロプツフェル力学の創始者たるクロプツフェルの一番弟子の協力によって生まれました。
いまだ改造研究中のプロトタイプの兄さんの次にはおそらくワタシの能力が大幅に向上することでしょう。
アインスの姉さんは自己身体操作能力を極限まで高めた兵器ですから、おそらくこれ以上アップグレードはされないと思います。軍閣の研究者たちはどうにも余計な能力を付与したがるようで、一番弟子の方はそれをひどく厭んでおられるようですし。
素体としての側面では、ワタシはもっとも脆弱です。
プロトタイプの兄さんは青年の頑健な肉体とワイヤーという複雑な武器を扱いきる柔軟な思考能力の持ち主ですし、アインスの姉さんは殺傷に躊躇わない絶好の精神と変幻自在空前絶後の機動力を誇ります。
ワタシは運動には不向きな幼年期の女性体なうえ、精神的にもぼんやりとしているほうが似合っていると思います。
髪は真っ黒で長く、服装も同じような色合いのドレスで、動きにくいことこの上ないです。
どうしてワタシなんかが栄誉あるクロプツフェル力学単体兵器の素体として選ばれたのかいまもって理由がわかりません。

さて。
ワタシの今の状況を説明します。
簡便に言いまして、殺し合いの真っ最中です。
ワタシがいるのは古い電波塔です。すでに朽ちて長く、廃墟となっているので本来の用途では使えませんが、電子を操るワタシには好都合です。
あたりは高層ビルの立ち並ぶ都会ですが、ビルはすべて廃ビルであり、電気も水もガスも通っていません。
ここは滅びし島国の首都。
そして反世界組織の伏魔殿と成り果てた魔境。

数十分前にこの電波塔に降り立ったワタシの目的は反世界組織の撃滅。
わざわざ目立つ軍用ヘリを使ってここに降下したのは反世界組織へのアピール。
ここにいると。
貴様らを殺すためにここにいると。
目論見どおり今では十数人の狙撃手たちがワタシを狙っています。
あちらが使うのは横流しで手に入れた時代遅れで整備不良の騎兵銃、しかもワタシより低い位置からこの強い上空風を計算して狙わなければならない悪条件。
これだけ力量差があればワタシの電子隔壁を使うまでもないようですね。

圧倒的な強風を貫いて銃声がワタシの鼓膜を震わせます。
展望台にはすでにガラスもありませんから銃声は直接ワタシに届きます。銃声からでは狙撃手の居場所を特定なんかできません。
即座に16進数電子操作演算機をランさせて廃ビル街を走査。
発見。ワタシが操る電子が狙撃手の位置を告げます。
ワタシは集中のレヴェルを引き上げて16進数電子操作演算機に脳内でコマンドを叩き込みます。
閃光。
ゼウスの矛による電子狙撃、命中。

ワタシの電子狙撃は対象周辺の電子を掻き集めて局地的雷撃を行う、と説明するとわかりやすい、といわれました。
わかりやすいですか?
というか説明する機会ってほとんどないですよね?
これは16進数電子操作演算機が観測できる遠遠距離で使用する攻撃方法です。ワタシが思うに効率が悪いです。
では狙ってくる相手にどうやって反撃するか、といいますと…

銃声。
ワタシがその音を観測するよりも早くに16進数電子操作演算機がラン。
仮想電子が周期的に運動を開始し電磁場を作り出します。弾丸は電波塔に届く前にその電磁場に絡めとられます。
弾丸に仮想電子が荷電し、ローレンツ力を働かせます。
ニュートン古典力学における慣性力がクロプツフェル力学による電磁気学におけるローレンツ力によって打ち消され、逆方向の推進力を弾丸に与えます。
16進数電子操作演算機が風や重力その他の影響を16ビットという2ビットを遥かに越える演算速度でもって計算し尽くし、銃弾の軌道を逆算、狙撃手の位置を瞬時に特定します。
16進数電子操作演算機は計算結果を電磁場に加算して弾丸の進行方向を修正、仮想レールガンを完成させます。
脳内で引き金を引けば、

――――

音も聞こえない遠くで、射殺完了。
撃たれた銃弾を利用して反撃する、この超電磁防御ならば消極的ではありますが16進数電子操作演算機の負荷は軽微ですので効率もよいです。
ワタシはただ立っているだけでいいのです。
……なるほど、16進数電子操作演算機があればワタシのような脆弱な素体でもかまわないのですね。
むしろひ弱で狙いやすい、この体がベストだということでしょうか。
――銃声、反撃、射殺。
もう一発、銃声、反撃、射殺。
今度は続けて銃声、銃声、反撃、射殺、反撃、射殺。


銃声、反撃――
半端に影響したローレンツ力が捻じ曲げた弾道はワタシのすぐ横を通って鉄骨に命中、火花を散らして弾丸が数百メートルを落ちていきます。
「……………!」
超電磁防御が作用するよりも早くにワタシに到達した銃撃!
ローレンツ力が影響を及ぼしていなければ危なかったです。
どッどッどッどッどッと耳の後ろで血流の音が聞こえます。
16進数電子操作演算機がランしきるよりも速い銃、これはさきほどまでワタシを狙っていた旧式の騎兵銃ではありえません。
音を立てて走り始めるワタシの心臓。
落ち着きなさい、ツヴァイ。スナイパーに求められるのは精神制御。集中しなさい。動揺している場合ではないです。
精神を鎮めるために情報を整理していると事前に渡された電子ファイルを発見。16進数電子操作演算機の仮想視界に開きます。
「……………」
なるほど。
超電磁防御を貫く狙撃主は《オオカミ》。
反世界組織に身をおく凄腕のスナイパーですか。今までの狙撃は実験だったというわけですね。ワタシの――16進数電子操作演算機の反応速度を計っていたというのですか。
《オオカミ》はおそらく鋼のような精神力で今の射撃の結果を観測しています。

そして断言します。


殺せる。



殺せる。
断言する。殺せる。
魔法みたいに組織のネズミどもを射殺したあいつも、殺せる人間だ。

正体不明の攻撃方法も気になるが、今の一撃で相手の集中が揺らいでいる間に仕留めたい。
殺す。
おれは愛銃のスコープを覗き込んで集中のレヴェルを一気に引き上げた。
照準の向こうで強風に黒髪をなびかせる少女がこちらを向いた。――目が合った。
恐怖に背を押されるように引き鉄を引いていた。即座にライフルを抱き上げてその場を離脱する!
劣化したコンクリートの床が破砕される音を背後に聞きながら空薬莢を排出し、次弾を装填。階段をすべるように駆け下りたおれは入り組んだ街中を駆けて逃げる。
頭上の鉄筋コンクリートがめきめきとうなり声を上げながら赤子よりも大きな塊をおれの上へと落としてくる!
右手で腰から自動小銃を引き抜き神速で狙いをつけて連射。
ガガガガガガガガガガガガガガッという荒くれた音ともに鉄筋コンクリートの塊が砕けながら落下地点をずらす。
今のもあのガキがやったってのか!?
なんだアイツは!

先ほどと同じような廃ビルに駆け込み、猛烈な勢いで階段を駆け上がる。割りつくされた窓からタワーを見る。
息を吐いて、集中する。
…OK。
同じ場所に立ってる。顔の半分を覆う大きなゴーグルで方々を探しているようだ。
次は当ててやる。
さっきのはやっぱり当たらなかったみたいだな。背筋を撫でるような悪寒が狙いを狂わせたとしてもおかしくはない。
狙いをつけようとスコープを覗き込むと、
一瞬、違和感――異臭?

総毛立つ――オゾン臭――パリパリと弾ける大気――走る紫電――本能の絶叫、

咄嗟に窓から身を投げ出していた。
直後におれが隠れていた廃ビルが落雷に撃たれて爆砕する。否、内側からの雷撃!?
「なんだってんだクソッタレェーっ!」
怒声をあげながら落下、隣接する廃ビルの屋上へと決死の覚悟で着地する!
オゾン臭が追いかけてくる――ッ
限界まで膝を屈して、一瞬後にバネを開放、さらに隣の廃ビルへと飛び移る!
爆音をともなって一つ前の廃ビルがポップコーンのように弾け飛ぶ!
おれを見失ったのか、別の近くの廃ビルが瓦礫と化して崩れていく音がする。それを聞きながらおれは衝撃を逃がすために転がっていた屋上を蹴って三度、跳躍。
かろうじて残っていたガラスをブチ割って屋内へと転がり込む。防刃繊維のこの軽装備がなければおれは今頃血まみれだな。
なんとか助かったらしい。
向こうのほうからの爆砕音を聞きながらおれはライフルの様子を見始めた。




人間の体を縦横に走る電子を目標にする探索法を使っているのですが、この街はコンクリートだらけで16進数電子操作演算機の仮想視界が乱れて仕方がありません。
《オオカミ》がワタシを狙うために窓へと近づけばなんとかなるのですが、逃げ回られると厄介ですね……。
コンクリートの鉄筋に電磁力を作用させて動かしたり、建造物の鉄筋に電子を過蓄積させて爆発させたりはできますが、仮想視界が乱れている上に16進数電子操作演算機による雷撃はコンクリートを貫徹できません。
こちらの防御のカードは超電磁防御と電子隔壁。
超電磁防御は《オオカミ》以外の反政府組織員用に常駐させていますが、《オオカミ》には意味を成しません。
平面状に電子を走らせて防御する電子隔壁は防御可能範囲は広いのですが薄く、ローレンツ力場すら貫く《オオカミ》にはまさに薄紙同然。

防御はできない。
ただもう見つけて攻撃するのみです。
ぎゅっとワタシは左手を握り、同時に16進数電子操作演算機がラン――視界の端で砂煙を上げて廃ビルが崩れ落ちます。
どこにいるのでしょうか――《オオカミ》は。
――高密度電子集合を発見。
反射的に脳内でスイッチを叩き、雷撃を放ちます。
ずん――、と腹に響く低音とともに高濃度電子集合が離散、命中を確認しまし、た、あ?
滅びた都市の上空を一直線に切り裂く銃弾を感知、ワタシがなにかする間もなく高速のそれは電波塔へと到達し――、

そして一瞬の停止。
動いているのは、そう、16進数電子操作演算機だけ。
16進数電子操作演算機が展開したのはローレンツ力場。それも通常よりも長いそれ。
通常の超電磁防御と同じ体積でも、長さが違えば効果を与える強さも違う。
ワタシには《オオカミ》の弾丸を捕らえたレールガンの砲身がはっきりと見えます。いえ、16進数電子操作演算機を通してですが。
長いような、その一瞬後。
傍目にはぼうっと立っていただけのワタシは、しかし脳内でカチリと引き金を引きました。
ツヴァイをなめるな。




反世界政府組織のネズミを囮にしてあのガキを殺ったと思ったその瞬間、目にも留まらぬ速さでなにかがおれの胸に激突!
おれは巨人の手で殴られたみたいに床に叩きつけられ、床は耐え切れずに崩壊、おれはさらに落ちて――いや、吹き飛んでいく!
ビルの壁を突き抜けて隣のビルにブチ当たり、半分コンクリートに埋まってようやく止まる。
「がはっ、ぐえ」
おれの口から血が噴き出す。
なぜか意識だけがおれを俯瞰している。
ああ、死ぬ。
全身の骨が折れて、内臓も損傷して、脳もダメージを受けて、死ぬ。
助からない。
もう一度、口から血を吐いた。
――しにたくない。
死にたくない死にたくない死にたくない……
恐怖にがたがたと歯を鳴らしながらおれは掠れた視界の中であいつを注視した。

「あ、悪魔……!」
震える声で、血に塗れた喉で、おれは呼ばざるを得なかった。
黒の衣装をまとい、黒の髪をなびかせ、ひたいの上へと押しやったゴーグルの下には白皙の美貌。
人間を殺す魅惑の、悪魔、だ
おれは心底の恐怖を抱きながら、死ん
――――
……




行きと同じく軍用ヘリで基地へと帰還したワタシは、寮の通路でふらついてしまいました。
壁にもたれかかって座り込みます。
動悸が乱れているようです。
どうしたのでしょう。
「うォーい、どしたァ?」
私の後ろから聞こえてきたのは我が姉、アインスの声。
力無くワタシは振り返るも、後ろにその姿はありません。
「?」
「あははッ、こっちだこっち」
再度の声にワタシはようやく姉の位置を把握しました。
アインスは天井にさかさまにあぐらをかいて座っていたのです。
「どした、気分でも悪いのか? 不思議だねェ」
「なぜ、ですか」
あまり好きではない、ワタシの低い声。
その声ではなく、ただ楽しそうにけらけらとアインスは笑っています。
「だってさァー、ツヴァイ、人間を殺してきたんだろ?」
ワタシはただ頷きます。
「だったら気分は悪くなるどころか良くなるもんなァ。ほォら、殺すときの感触がさァ、喉でも心臓でも気持ちいいじゃん。
すぱっと殺れたときなんか嬉しくて楽しくてゾクゾクするもんな。
って、そーか。
テメエは楽しくない派か! あっはは! もったいない!」

楽しい派はアインスだけです、と思いながらワタシは首を傾げました。
別にワタシは気分が悪いわけではありません。
ただ少し。
ゆっくりと立ち上がりながら思います。
ただ少し、疲れました。

おわり




戻る
トップ